31日ドラマ「家庭教師のトラコ」第7話を視聴した。
今回はトラコは福多と再会した頃のエピソードが描かれた。福多は裕福な家に里子としてもらわれた事で東大に入学して財務省に勤務していた。そんな時にトラコが家庭教師をしていて出会ったのだが、そこで福多はトラコに大いなる野望を聞かされることになる。
福多とトラコは養護施設で出会ったが、福多にはトラコに言えない秘密を抱えていた。そんな中でトラコの目指している事に自らやっている事に疑問を抱いた福多はトラコの仕事に協力する事を決めるが、それはトラコへの罪滅ぼしだったシーンがメインだった。
今回はトラコは福多と再会した頃のエピソードが描かれた。福多は裕福な家に里子としてもらわれた事で東大に入学して財務省に勤務していた。そんな時にトラコが家庭教師をしていて出会ったのだが、そこで福多はトラコに大いなる野望を聞かされることになる。
福多とトラコは養護施設で出会ったが、福多にはトラコに言えない秘密を抱えていた。そんな中でトラコの目指している事に自らやっている事に疑問を抱いた福多はトラコの仕事に協力する事を決めるが、それはトラコへの罪滅ぼしだったシーンがメインだった。
ストーリー
今回はトラコが福多と5年前に再会したシーンを中心に描かれたが、当時からトラコは家庭教師として様々な事を教えていた。そんな中で福多とトラコの養護施設での出会いが描かれた訳だけれど、当時のトラコは数学には天性の才能がありそれが家庭教師となったのちに活かされている事が明らかとなる。
そしてトラコはどうして家庭教師になったのかが描かれるのだが、トラコとしては家庭教師をする事で裕福な家庭と貧困家庭の両方見る事でこの社会の矛盾点を知る事ができるという事を家庭教師を通じて知っていったのだった。
トラコの家庭教師の授業料はそれぞれの家庭に応じて決めるので金額の上限は下限はない。ないだけに上は里美のような銀行の頭取の家庭や智代のようなシングルマザーとして毎日大変な家庭、その中間となる真希のような家庭と様々な家庭を通じてそれぞれの問題点を見れてきた。
ここでトラコが年収600万と年収300万どちらが幸せか?という問いを子供たちに出している。その答えは年収300万という答えだった。これはお金を貰えるから幸福度が高い訳ではないという事だ。
福多の財務省の仕事を見ていてとても幸せそうに感じないし、何より言われた事を言われたままやる事が本当に良いのか?と福多自身も疑問に思ってしまった。そして自分の時間がないまま毎日を過ごす。
対して300万は確かにお金はそれほどもらえる訳ではないが、その分自分の時間を持てる。相当無理な趣味などを持たなければ今では出かけずにエンタテインメントを楽しめるし、お金に見合う事であれば自分の時間に使える。幸福度だけでなく税制面も実は600万より300万の方が色々と優遇されるのだ。
年収が多ければ多いほど税金を支払う事になるし、その分税制優遇も受けられないし、色々な面で以外に不利になるという事だ。
2000万以上になれば違うけれど、300万と600万では300万の方が自分らしい生き方がしやすいという事はわからないではない。私自身も300万台の年収しかないけれど贅沢しなければ暮らせない金額ではない。お金を貰えるから良いという訳ではないけれど、お金がないから幸せになれないという事もない。
しかしこれが里美のような頭取や福多のいた財務省などの人間になると全然考え方が変わり、こういう人たちの使い方こそトラコは無駄だと考えているようだ。
トラコが防衛費が無駄というが、これについてはこの戦争が各地で起きている世界において国を守れなければどこかの属国として辛い生活が待っているだけなのでそれは無理としても、今の生活において変えなければならない事は少なくない。
実際にトンデモリプも来ているけれど、原発新設が無駄というけれど、そういう人って毎日計画停電の生活を受け入れられるのか?バカ高くなる電気料を払う用意があるのか?逆に聞いてみたいですね。電気のない生活がどれだけ不便かを理解していたら現実論として電気のない生活は考えられません。
この国はお金の特に税金を使う事に対してとにかく1円でも文句を言う人がいるけれど、何事もお金を使わないで手に入るようだったら何も苦労しません。ただその使い方で何を得られるのかを理解していない人が多いのだと感じます。
そんなトラコが家庭教師を辞めて次は何をしようとしているのか?トラコの野望に注目だ。


今回はトラコが福多と5年前に再会したシーンを中心に描かれたが、当時からトラコは家庭教師として様々な事を教えていた。そんな中で福多とトラコの養護施設での出会いが描かれた訳だけれど、当時のトラコは数学には天性の才能がありそれが家庭教師となったのちに活かされている事が明らかとなる。
そしてトラコはどうして家庭教師になったのかが描かれるのだが、トラコとしては家庭教師をする事で裕福な家庭と貧困家庭の両方見る事でこの社会の矛盾点を知る事ができるという事を家庭教師を通じて知っていったのだった。
トラコの家庭教師の授業料はそれぞれの家庭に応じて決めるので金額の上限は下限はない。ないだけに上は里美のような銀行の頭取の家庭や智代のようなシングルマザーとして毎日大変な家庭、その中間となる真希のような家庭と様々な家庭を通じてそれぞれの問題点を見れてきた。
ここでトラコが年収600万と年収300万どちらが幸せか?という問いを子供たちに出している。その答えは年収300万という答えだった。これはお金を貰えるから幸福度が高い訳ではないという事だ。
福多の財務省の仕事を見ていてとても幸せそうに感じないし、何より言われた事を言われたままやる事が本当に良いのか?と福多自身も疑問に思ってしまった。そして自分の時間がないまま毎日を過ごす。
対して300万は確かにお金はそれほどもらえる訳ではないが、その分自分の時間を持てる。相当無理な趣味などを持たなければ今では出かけずにエンタテインメントを楽しめるし、お金に見合う事であれば自分の時間に使える。幸福度だけでなく税制面も実は600万より300万の方が色々と優遇されるのだ。
年収が多ければ多いほど税金を支払う事になるし、その分税制優遇も受けられないし、色々な面で以外に不利になるという事だ。
2000万以上になれば違うけれど、300万と600万では300万の方が自分らしい生き方がしやすいという事はわからないではない。私自身も300万台の年収しかないけれど贅沢しなければ暮らせない金額ではない。お金を貰えるから良いという訳ではないけれど、お金がないから幸せになれないという事もない。
しかしこれが里美のような頭取や福多のいた財務省などの人間になると全然考え方が変わり、こういう人たちの使い方こそトラコは無駄だと考えているようだ。
トラコが防衛費が無駄というが、これについてはこの戦争が各地で起きている世界において国を守れなければどこかの属国として辛い生活が待っているだけなのでそれは無理としても、今の生活において変えなければならない事は少なくない。
実際にトンデモリプも来ているけれど、原発新設が無駄というけれど、そういう人って毎日計画停電の生活を受け入れられるのか?バカ高くなる電気料を払う用意があるのか?逆に聞いてみたいですね。電気のない生活がどれだけ不便かを理解していたら現実論として電気のない生活は考えられません。
この国はお金の特に税金を使う事に対してとにかく1円でも文句を言う人がいるけれど、何事もお金を使わないで手に入るようだったら何も苦労しません。ただその使い方で何を得られるのかを理解していない人が多いのだと感じます。
そんなトラコが家庭教師を辞めて次は何をしようとしているのか?トラコの野望に注目だ。

