4月17日公開の映画「人はなぜラブレターを書くのか」を鑑賞した。
この作品2000年3月8日に発生した地下鉄線脱線事故で亡くなった富久信介さんを思っていた女性が20年後の2020年4月に大橋ジムの大橋秀行会長宛に送られてきたメッセージにより家族も知らなかった富久信介さんがその女性を守っていたという事実を大橋秀行会長が公表した事により石井裕也監督が是非映画化したいと女性の承諾を得て映画化された実話に基づくストーリーである。
何故その女性は20年後にそのメッセージを送ったのか?その映画の先に待っている思いを知る事になる。
実話のストーリーという事でどういう話だったのかを調べたけれどコロナ渦の2020年5月9日のスポーツ報知の記事がキッカケでこの話は反響を呼ぶ事になる。
この頃はスポーツもドラマも映画も中止となり世界が絶望的な空気が漂っていた時だった。
ボクシングの井上尚弥選手が所属する大橋ジムの大橋秀行会長も試合ができずに情報収集していた時に大橋秀行会長のInstagramに突然メッセージが届いた事からこの話が進んでいく。
もちろんこの記事だけでなく大橋秀行会長が公開したInstagramも拝見しました。
これらのメッセージを読むと大橋秀行会長も富久信介さんを亡くした事を長年ずっと心の中に残っていたほど当時の事故で亡くなった富久信介さんの事を忘れられない教え子だった事が良く解ります。
そしてこの話は後に川嶋勝重がWBC世界スーパーフライ級王座を獲得するに至るという事でそれだけ富久信介さんは愛されていたのだという事を知ります。
そんな彼の事を知る当時の女子高生が20年の時を経てラブレターを送ってきたというのですから富久信介さんのその女性だけが知る事実に驚きそして涙したという事です。
世の中って家族や友人など誰も知らないような事ってありますからね。私もごくわずかな人しか知らない事も実際にありますし、それが知られなくてもいいと思っているのですが時が経つと何かの形で残したいという気持ちが何かをキッカケにあるのだと感じます。
そしてこの話を知った石井裕也監督が女性と実際に会ってこの事を映画にしたいと伝えた事により府フィクションならという事で映画となりました。
果たして20年後のラブレターに込められた思いとはどんなものだったのか?
キャスト&ストーリー
結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして寺田ナズナは今は結婚をして古民家ダイニングを営む明るい女1人娘と共に暮らしている。
そんなナズナはある事がキッカケで24年前のあの日の事を思い出してラブレターを書き始める。
それはナズナが高校生の時に出会ったボクシングをやっている富久信介という人との電車での出会いだった。当時は相手の名前すら知らない電車で顔を合わせるだけの関係だったが、ナズナが痴漢に遭っている時に何度も助けてくれたのだった。
それ以来言葉こそ交わす事は無かったが何度も同じ時間の電車で顔を合わせていて友人から富久信介さんがボクシングをやっているらしいという事は聞かされていた。
そんな片思いだったが次第に惹かれていくのだった。しかしもうすぐ思いを伝えられそうだった2000年3月8日に日比谷線脱線事故で富久信介さんは事故に巻き込まれて亡くなったのだった。
当時の女性は高校生で相手の事を知らないままだったけれどこの時ニュースで初めて富久信介の名前を知ったのだった。
電車でしか会う事もなく亡くなるまで名前も知らなかった人が突然両親に会いに行ってというのは当時の状況ではまず考えられなかったと思いますし、亡くなった富久信介さんも相手の名前を知らずに亡くなっている事からも友人もそういう人がいたというのを知らなかったとしても全く不思議はありません。
当時はまだインターネットもようやく広がった時代でもあるし、今のようにブログやSNSがなかった時代の話です。片思いのまま終わってしまうケースは珍しい事ではありません。
でも時が経ち誰もがSNSを通じてメッセージを送れる時代になった事で当時は伝えられなかった思いを伝える術が今の時代だからこそ伝える事ができた。
1つの写真やメッセージが自分の運命を変える事ってありますし、私も過去に1つの写真がその人たちの唯一の証になった奇跡の1枚だったり、本当は最後だったけれどその後続きになったりという事もありました。
私にも奇跡の1枚という写真のエピソードは最終的にはその人に直接会ってこの写真を撮ったのは私ですと伝えましたが当時の人たちには直接伝えていません。その出来事からは10年経ていますけれど私もそのような奇跡の1枚を撮った事でその人たちの人生に何かの証しを残してあげられたならそれはそれで役割を果たしたと思います。写真のエピソードを知る人はこの世で2人しか知りませんけれどね。
この女性も今は静かに暮らしており、映画では娘さんですが実際には息子さんという事でその人しか知らない真実を息子さんに伝えているという事でそういう物語の真実は僅かな人だけ知っていればいいのかな?とも思います。
実際にはこの20年目のラブレターはInstagramのDMに寄せられたものですが、映画では手紙になっています。確かにSNSのメッセージより手紙の方が映画的には絵になると思いますがこれも時代的な認識の違いなのかもしれません。
ナズナは自分のその後を考えて自分が思っていた事を書き残す為に手紙を書き出したけれど自らは送る事を躊躇していたが、それがふとした事により大橋秀行会長の下へ届く事になります。
正直なところこの後の描かれる部分については結末は劇場で観てほしいけれど、レビューの殆どは実際のメッセージについて触れるものなりますけれど、人は何かの形で自分の事を残したいという気持ちがあるからこそ今回のケースのようなInstagramでメッセージを送るという事にしたと感じます。
このメッセージの事を本当なら公表しなくても良かったのかもしれませんが、それだけ大橋秀行会長は富久信介さんの事が忘れないように富久信介杯を創設するほど思い入れがあった事と亡くなった日が大橋秀行会長の誕生日という事もずっと忘れられない日になっていたという事です。
全く誰も知らなかったもう1つのストーリーがそこにある事を知り遺族の両親も誰かを愛する人がいたという事を知って涙したと言います。
世の中には誰も知らないままその人だけが知るストーリーってあると思いますがその多くは知られないまま墓場まで持っていく事になります。
総評として改めて人生の残り時間が少なくなった時に何かを残したい何かを誰かに伝えたいという気持ちは出てくるのだと思います。私も色々な事をブログに綴ってきておりますがここで書き綴った事は何時まで残し続ける事ができるのだろうか?と思う事があります。
人生の終わりに近づいてきたと感じた時にはこれまでの人生を振り返って伝えるべき人に伝える事があるなら伝えた方が良いのかもしれないと感じました。


この作品2000年3月8日に発生した地下鉄線脱線事故で亡くなった富久信介さんを思っていた女性が20年後の2020年4月に大橋ジムの大橋秀行会長宛に送られてきたメッセージにより家族も知らなかった富久信介さんがその女性を守っていたという事実を大橋秀行会長が公表した事により石井裕也監督が是非映画化したいと女性の承諾を得て映画化された実話に基づくストーリーである。
何故その女性は20年後にそのメッセージを送ったのか?その映画の先に待っている思いを知る事になる。
実話のストーリーという事でどういう話だったのかを調べたけれどコロナ渦の2020年5月9日のスポーツ報知の記事がキッカケでこの話は反響を呼ぶ事になる。
この頃はスポーツもドラマも映画も中止となり世界が絶望的な空気が漂っていた時だった。
ボクシングの井上尚弥選手が所属する大橋ジムの大橋秀行会長も試合ができずに情報収集していた時に大橋秀行会長のInstagramに突然メッセージが届いた事からこの話が進んでいく。
もちろんこの記事だけでなく大橋秀行会長が公開したInstagramも拝見しました。
これらのメッセージを読むと大橋秀行会長も富久信介さんを亡くした事を長年ずっと心の中に残っていたほど当時の事故で亡くなった富久信介さんの事を忘れられない教え子だった事が良く解ります。
そしてこの話は後に川嶋勝重がWBC世界スーパーフライ級王座を獲得するに至るという事でそれだけ富久信介さんは愛されていたのだという事を知ります。
そんな彼の事を知る当時の女子高生が20年の時を経てラブレターを送ってきたというのですから富久信介さんのその女性だけが知る事実に驚きそして涙したという事です。
世の中って家族や友人など誰も知らないような事ってありますからね。私もごくわずかな人しか知らない事も実際にありますし、それが知られなくてもいいと思っているのですが時が経つと何かの形で残したいという気持ちが何かをキッカケにあるのだと感じます。
そしてこの話を知った石井裕也監督が女性と実際に会ってこの事を映画にしたいと伝えた事により府フィクションならという事で映画となりました。
果たして20年後のラブレターに込められた思いとはどんなものだったのか?
キャスト&ストーリー
結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして寺田ナズナは今は結婚をして古民家ダイニングを営む明るい女1人娘と共に暮らしている。
そんなナズナはある事がキッカケで24年前のあの日の事を思い出してラブレターを書き始める。
それはナズナが高校生の時に出会ったボクシングをやっている富久信介という人との電車での出会いだった。当時は相手の名前すら知らない電車で顔を合わせるだけの関係だったが、ナズナが痴漢に遭っている時に何度も助けてくれたのだった。
それ以来言葉こそ交わす事は無かったが何度も同じ時間の電車で顔を合わせていて友人から富久信介さんがボクシングをやっているらしいという事は聞かされていた。
そんな片思いだったが次第に惹かれていくのだった。しかしもうすぐ思いを伝えられそうだった2000年3月8日に日比谷線脱線事故で富久信介さんは事故に巻き込まれて亡くなったのだった。
当時の女性は高校生で相手の事を知らないままだったけれどこの時ニュースで初めて富久信介の名前を知ったのだった。
電車でしか会う事もなく亡くなるまで名前も知らなかった人が突然両親に会いに行ってというのは当時の状況ではまず考えられなかったと思いますし、亡くなった富久信介さんも相手の名前を知らずに亡くなっている事からも友人もそういう人がいたというのを知らなかったとしても全く不思議はありません。
当時はまだインターネットもようやく広がった時代でもあるし、今のようにブログやSNSがなかった時代の話です。片思いのまま終わってしまうケースは珍しい事ではありません。
でも時が経ち誰もがSNSを通じてメッセージを送れる時代になった事で当時は伝えられなかった思いを伝える術が今の時代だからこそ伝える事ができた。
1つの写真やメッセージが自分の運命を変える事ってありますし、私も過去に1つの写真がその人たちの唯一の証になった奇跡の1枚だったり、本当は最後だったけれどその後続きになったりという事もありました。
私にも奇跡の1枚という写真のエピソードは最終的にはその人に直接会ってこの写真を撮ったのは私ですと伝えましたが当時の人たちには直接伝えていません。その出来事からは10年経ていますけれど私もそのような奇跡の1枚を撮った事でその人たちの人生に何かの証しを残してあげられたならそれはそれで役割を果たしたと思います。写真のエピソードを知る人はこの世で2人しか知りませんけれどね。
この女性も今は静かに暮らしており、映画では娘さんですが実際には息子さんという事でその人しか知らない真実を息子さんに伝えているという事でそういう物語の真実は僅かな人だけ知っていればいいのかな?とも思います。
実際にはこの20年目のラブレターはInstagramのDMに寄せられたものですが、映画では手紙になっています。確かにSNSのメッセージより手紙の方が映画的には絵になると思いますがこれも時代的な認識の違いなのかもしれません。
ナズナは自分のその後を考えて自分が思っていた事を書き残す為に手紙を書き出したけれど自らは送る事を躊躇していたが、それがふとした事により大橋秀行会長の下へ届く事になります。
正直なところこの後の描かれる部分については結末は劇場で観てほしいけれど、レビューの殆どは実際のメッセージについて触れるものなりますけれど、人は何かの形で自分の事を残したいという気持ちがあるからこそ今回のケースのようなInstagramでメッセージを送るという事にしたと感じます。
このメッセージの事を本当なら公表しなくても良かったのかもしれませんが、それだけ大橋秀行会長は富久信介さんの事が忘れないように富久信介杯を創設するほど思い入れがあった事と亡くなった日が大橋秀行会長の誕生日という事もずっと忘れられない日になっていたという事です。
全く誰も知らなかったもう1つのストーリーがそこにある事を知り遺族の両親も誰かを愛する人がいたという事を知って涙したと言います。
世の中には誰も知らないままその人だけが知るストーリーってあると思いますがその多くは知られないまま墓場まで持っていく事になります。
総評として改めて人生の残り時間が少なくなった時に何かを残したい何かを誰かに伝えたいという気持ちは出てくるのだと思います。私も色々な事をブログに綴ってきておりますがここで書き綴った事は何時まで残し続ける事ができるのだろうか?と思う事があります。
人生の終わりに近づいてきたと感じた時にはこれまでの人生を振り返って伝えるべき人に伝える事があるなら伝えた方が良いのかもしれないと感じました。


コメント