3月20日公開の映画「君が最後に遺した歌」を鑑賞した。

この作品は詩作を趣味とする高校生が「発達性ディスレクシア」を抱えながらも作曲と希有な歌の才能を持つ女性と出会った事で音楽を通じて惹かれ合いそして結ばれるもその後悲しい別れを迎えるストーリーである。

出会ってからの幸せな日々は僅か10年の間に残した彼女の思いは歌として残っていく。



「発達性ディスレクシア」という文字が読めない症状を抱える女性が詩が好きな男性と出会った事で世界が変わっていくのだが、「発達性ディスレクシア」という症状は学習障害(LD)の中核で読み書きがすらすらと正確にできない症状で劇中でわかり易く描いているけれど文字が正確に読み取れない症状という事だ。




私もブログなどを数多くの文字数を書き綴っているけれど、これらの文字が歪んで見えるらしい。その為文字で読む事ができず音で言葉を覚えていくという事になるようです。なので文字で覚えるというのがとても困難でありその為声で覚えていくという事になっていく。

そんな女性と出会った男性は次第に惹かれ合っていくのだがそれは悲しい別れとなっていく。

キャスト&ストーリー



結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとしてある日水嶋春人はクラスメイトの遠坂綾音に詩を書いている事を知られてしまう。

春人は綾音から突然私に言葉をくださいと言われて最初は春人も何の事なのかわからなかったが、綾音から「発達性ディスレクシア」である事を伝えられてそれが読み書きが困難な症状である事を知る。

私もこの作品を通じて「発達性ディスレクシア」という症状を知る事になったけれど、驚く事にこの「発達性ディスレクシア」は日本人で人口の7〜8%はいますというのは驚きだ。年齢を重ねていくとその症状が現れていくらしくそれが学習困難に繋がっていくようだ。

確かに高校位になると学習が困難な高校があるという話も聞くけれど、それが「発達性ディスレクシア」という症状を持っているのならそれもわからなくはない。

どうしても教育では文字を読んで理解するというのが先進国では普通だが、江戸時代までは全ての人が教育を受けられたわけではなく文字を読めない人も少なくなかった。それは教育をしていないからだと考えられてきたがそうではないケースもあるという事だ。

今は学校教育を受けられる時代であり国だけれど世界には教育すら受けられない人たちもいるという事、そして受けたとしてもこういう症状を抱えている人がいるという事を理解しなければならないと感じる。

そんな綾音は春人と出会った事で歌い事で希望を見出していく。

春人が詩を書き、綾音が歌う。その伝達方法は春人が綾音に声で伝えるというものだったが、綾音には音の完成はずば抜けていた。

そんな2人の時間は初めての路上ライブへとなっていく訳だけれど、ここは許可を取っておらず警察に説教を受けるのだがこの事がキッカケに綾音は歌手としてスカウトされる。

しかしそれは春人にとっては綾音は別の世界の人になるという事だった。

芸能界へ行くというのはそういう事なんですよね。一般人の私たちが芸能界という世界は本当に別世界で春人もプロデューサーの言葉を聞いて綾音の為に別れる事を決意するが、綾音にとってそれは辛い事だった。

元々春人の家庭も両親が他界しており高校卒業後公務員として働くつもりだった。

2人が別れてから綾音は歌手として成功し春人と綾音が作った曲とは全くのものになっていた。

そんなある日に綾音が凱旋ライブを行う事になるも春人は元々行くつもりはなかったが高校時代の同級生からチケットを渡される。これは綾音がライブ限定で歌っていた曲が春人に関係するものだったという事をファンとして知っていたからだった。

そしてライブで春人は綾音が歌った曲が春人を探している曲だと知り春人は涙を流しながら会場を去ったが綾音は春人が来ている事を知り追いかけて2人は3,4年ぶりに再会したのだった。

そして2人はその後結ばれて結婚するがその幸せは長く続かなかった。

結末は劇場で観てほしいけれど、タイトル通りなので綾音はその後病気が発覚して亡くなる事になるのだが、2人の間には娘が誕生し綾音は娘に2人との思い出を歌として残した。

このまま幸せに暮らせたらどんな未来があったのか?と思うと春人にとって悲しい別れであったけれど綾音は最後の1年で娘に生きた証である歌を残した事が春人を亡くなってもずっと思い続けているというメッセージだった。

総評として初めての出会いから結ばれるまでのストーリーは本当にラブストーリーだけれどその後のストーリーは悲しいストーリーとなっておりそのバランスが取れたものになっている。幸せな日々は10年しかなかったけれど2人にとっては大切な10年間はこれからも春人と娘が受け継いでいく。






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