6月6日公開の映画「国宝」を鑑賞した。
この映画は任侠一家に生まれた男が家族を失いその後歌舞伎の世界に足を踏み入れて紆余曲折ありながらそこから人間国宝になるまでの反省を描いたストーリーである。
血筋が全てと言われる歌舞伎の世界で任侠に生まれた男が人間国宝になるまでの人生は波乱万丈だった。
歌舞伎の世界は任侠との繋がりは古くからあり、日本での任侠は今の時代では暴力団と言われる事が多い。但し必ずしも任侠はそういう意味を示すものではないとされているが、どうしても一括りされてしまう傾向がある。
どうしても暴力団規制法という法律がある為に任侠=暴力団というイメージになってしまうが、この作品の冒頭でも抗争によって男の両親は殺されている。
両親を失った男が交流のあった歌舞伎役者に拾われてそこから人間国宝に認定されるまで様々な苦労があった。歌舞伎役者の息子と決定的な血の違いもありながらそれでも芸の道を精進した先にみた世界とはどんな世界だったのだろうか?
キャスト&ストーリー
結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして任侠の家に生まれた立花喜久雄は小学生の時に両親が抗争で殺されその後交流のあった上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られてそこから歌舞伎の世界に入る事になる。
任侠の世界と歌舞伎の世界は切っても切れない関係と言われているけれど、元々は歴史を知っていくとそういうところから始まっているので今の時代は任侠はやくざの世界と同じとされてしまっているが、戦後は暴力団規制法によってやくざ=暴力団というイメージが定着した。
どの国にもマフィアという存在はあるのでそういう人たちが裏で様々な事をやっている中で歌舞伎のような表の世界の人たちを守っているという側面があった。
これは相撲界や芸能界もそういうところから始まっているだけに歌舞伎界も同様と考えてもらうとわかりやすい。今でこそクリーンなイメージを求められるが歴史を辿るとそういう世界から始まっているという事を学ぶ事になる。
喜久雄は半二郎の息子大垣俊介と共に歌舞伎の稽古に励む事になるが、歌舞伎の世界ほど血筋が大きくものをいう世界でもある。
歌舞伎の世界は伝統的に歌舞伎役者の子供の男子は歌舞伎役者になるという事が宿命づけられている。それが仮に1度歌舞伎の世界から離れたとしても血筋により歌舞伎の世界に復帰する事が許されるほどだ。
1番良い例は香川照之さんのように九代目市川中車を名乗って歌舞伎役者となるケースだが俳優としては素晴らしい演技力がある方でも歌舞伎役者では勝手が違うようでそれだけ大変な世界だという事でもある。
香川照之の息子五代目市川團子は小さい時から歌舞伎役者として活動しているがそれ位血筋というのは重視される世界である。
そういう世界に飛び込んだ喜久雄はその血筋の違いに何度も苦しめられる事になる。
どうしても半二郎に息子俊介(花井半弥)がいるだけに完全に優先されるのは息子の俊介であり、俊介を跡取りにするのが当然だったのは言うまでもない。
しかし2人は当初ライバルでありながらも芸の道を精進していくにつれて喜久雄の才能の凄さに次第に苦悩する事になる。そんな喜久雄の才能に半二郎は喜久雄を女形にする事でその才能をさらに開花させていく。
そんな2人に決定的な事件が起きる。それは俊介が歌舞伎の世界から抜け出したのだった。
その為跡取りを失った半二郎は歌舞伎界では異例の血筋がない喜久雄に花井東一郎を襲名する事を決断する。これが喜久雄を苦しめていく事になるが、喜久雄は後ろ盾の半二郎が急死した事により後ろ盾を失い歌舞伎界では苦しい立場に立たされてから波乱万丈の人生をさらに歩み出す。
歌舞伎界で居場所を失った喜久雄は1度歌舞伎界を去る事になるがそれを支えたのが歌舞伎役者の娘の彰子だった。それと入れ替わるように俊介は歌舞伎界に復帰して再び歌舞伎界で地位を確立する。
そんな2人が再び同じ舞台に立つ事はないと思われたが俊介は1度歌舞伎の世界から出た事で心境の変化があり喜久雄を再び歌舞伎の世界に呼び戻す手助けをしていく事になる。
果たして2人は再び同じ舞台に立って何を思いそして何を目指していったのだろうか?
結末は劇場で観てほしいけれど、歌舞伎の世界の裏側を知るにはいい作品だと思うし、女遊びも芸の肥やしというのが歌舞伎の世界でもあるから芸妓との隠し子というのも歌舞伎の世界ならこれまである話でもある。今の時代にそれが発覚すると色々大変なのだが時代の変化と共に価値観も変わっているというのはどの時代でもある事だ。
伝統の歌舞伎は血筋が最優先される世界の中で血筋がない喜久雄が人間国宝にまで登り詰めるにはとにかく芸に精進するしかなかった。観客を魅了し役者たちを唸らす芸があればそれだけで血筋すら超える事ができるという事を喜久雄は証明した。
そして何よりも喜久雄を救ったのはライバルだった俊介だった。小さい時からお互い切磋琢磨して成長したが俊介が1度歌舞伎の世界から離れた事が喜久雄の大変さを理解するに至った要因だと感じている。
俊介も歌舞伎の世界では約束されている人ではあったがそうじゃない世界では何も保証も約束もされていないという事を歌舞伎の世界から1度離れて知った事で喜久雄の気持ちを理解するに至った。
俊介も自分の境遇を父親を失って理解してくれる人は母親以外では喜久雄しかいないという事も次第に心境の変化から感じていく。
喜久雄を再び歌舞伎の世界に呼び戻す影響をもたらしたのが人間国宝の小野川万菊の存在だ。人間国宝の発言は歌舞伎の世界では大きな影響力を与える。そういう人物が道筋を立てた事により喜久雄は再び歌舞伎の世界に戻ってくる事ができた。
そこからは俊介が舞台に立てなくなりそして亡くなっていく事で喜久雄は歌舞伎役者として色々な物を背負いながら10数年後に人間国宝に認定されるがそこでのラストシーンは改めて喜久雄が残してきたものが巡りに巡ってきたのだと感じたのだった。
総評として人間国宝になるには芸に精進していくしかないが血筋のない人ほど血筋のある人よりも厳しい道を歩む事になるという事だ。
演じた人たちの多くは歌舞伎経験がない人たちだが厳しい稽古を経てこの晴れ舞台を見事に演じ切ってくれた。それだけでも素晴らしい事であるし、この作品に賭けた役者たちの素晴らしい演技にスタンディングオベーションを送りたい。


この映画は任侠一家に生まれた男が家族を失いその後歌舞伎の世界に足を踏み入れて紆余曲折ありながらそこから人間国宝になるまでの反省を描いたストーリーである。
血筋が全てと言われる歌舞伎の世界で任侠に生まれた男が人間国宝になるまでの人生は波乱万丈だった。
歌舞伎の世界は任侠との繋がりは古くからあり、日本での任侠は今の時代では暴力団と言われる事が多い。但し必ずしも任侠はそういう意味を示すものではないとされているが、どうしても一括りされてしまう傾向がある。
どうしても暴力団規制法という法律がある為に任侠=暴力団というイメージになってしまうが、この作品の冒頭でも抗争によって男の両親は殺されている。
両親を失った男が交流のあった歌舞伎役者に拾われてそこから人間国宝に認定されるまで様々な苦労があった。歌舞伎役者の息子と決定的な血の違いもありながらそれでも芸の道を精進した先にみた世界とはどんな世界だったのだろうか?
キャスト&ストーリー
結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして任侠の家に生まれた立花喜久雄は小学生の時に両親が抗争で殺されその後交流のあった上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られてそこから歌舞伎の世界に入る事になる。
任侠の世界と歌舞伎の世界は切っても切れない関係と言われているけれど、元々は歴史を知っていくとそういうところから始まっているので今の時代は任侠はやくざの世界と同じとされてしまっているが、戦後は暴力団規制法によってやくざ=暴力団というイメージが定着した。
どの国にもマフィアという存在はあるのでそういう人たちが裏で様々な事をやっている中で歌舞伎のような表の世界の人たちを守っているという側面があった。
これは相撲界や芸能界もそういうところから始まっているだけに歌舞伎界も同様と考えてもらうとわかりやすい。今でこそクリーンなイメージを求められるが歴史を辿るとそういう世界から始まっているという事を学ぶ事になる。
喜久雄は半二郎の息子大垣俊介と共に歌舞伎の稽古に励む事になるが、歌舞伎の世界ほど血筋が大きくものをいう世界でもある。
歌舞伎の世界は伝統的に歌舞伎役者の子供の男子は歌舞伎役者になるという事が宿命づけられている。それが仮に1度歌舞伎の世界から離れたとしても血筋により歌舞伎の世界に復帰する事が許されるほどだ。
1番良い例は香川照之さんのように九代目市川中車を名乗って歌舞伎役者となるケースだが俳優としては素晴らしい演技力がある方でも歌舞伎役者では勝手が違うようでそれだけ大変な世界だという事でもある。
香川照之の息子五代目市川團子は小さい時から歌舞伎役者として活動しているがそれ位血筋というのは重視される世界である。
そういう世界に飛び込んだ喜久雄はその血筋の違いに何度も苦しめられる事になる。
どうしても半二郎に息子俊介(花井半弥)がいるだけに完全に優先されるのは息子の俊介であり、俊介を跡取りにするのが当然だったのは言うまでもない。
しかし2人は当初ライバルでありながらも芸の道を精進していくにつれて喜久雄の才能の凄さに次第に苦悩する事になる。そんな喜久雄の才能に半二郎は喜久雄を女形にする事でその才能をさらに開花させていく。
そんな2人に決定的な事件が起きる。それは俊介が歌舞伎の世界から抜け出したのだった。
その為跡取りを失った半二郎は歌舞伎界では異例の血筋がない喜久雄に花井東一郎を襲名する事を決断する。これが喜久雄を苦しめていく事になるが、喜久雄は後ろ盾の半二郎が急死した事により後ろ盾を失い歌舞伎界では苦しい立場に立たされてから波乱万丈の人生をさらに歩み出す。
歌舞伎界で居場所を失った喜久雄は1度歌舞伎界を去る事になるがそれを支えたのが歌舞伎役者の娘の彰子だった。それと入れ替わるように俊介は歌舞伎界に復帰して再び歌舞伎界で地位を確立する。
そんな2人が再び同じ舞台に立つ事はないと思われたが俊介は1度歌舞伎の世界から出た事で心境の変化があり喜久雄を再び歌舞伎の世界に呼び戻す手助けをしていく事になる。
果たして2人は再び同じ舞台に立って何を思いそして何を目指していったのだろうか?
結末は劇場で観てほしいけれど、歌舞伎の世界の裏側を知るにはいい作品だと思うし、女遊びも芸の肥やしというのが歌舞伎の世界でもあるから芸妓との隠し子というのも歌舞伎の世界ならこれまである話でもある。今の時代にそれが発覚すると色々大変なのだが時代の変化と共に価値観も変わっているというのはどの時代でもある事だ。
伝統の歌舞伎は血筋が最優先される世界の中で血筋がない喜久雄が人間国宝にまで登り詰めるにはとにかく芸に精進するしかなかった。観客を魅了し役者たちを唸らす芸があればそれだけで血筋すら超える事ができるという事を喜久雄は証明した。
そして何よりも喜久雄を救ったのはライバルだった俊介だった。小さい時からお互い切磋琢磨して成長したが俊介が1度歌舞伎の世界から離れた事が喜久雄の大変さを理解するに至った要因だと感じている。
俊介も歌舞伎の世界では約束されている人ではあったがそうじゃない世界では何も保証も約束もされていないという事を歌舞伎の世界から1度離れて知った事で喜久雄の気持ちを理解するに至った。
俊介も自分の境遇を父親を失って理解してくれる人は母親以外では喜久雄しかいないという事も次第に心境の変化から感じていく。
喜久雄を再び歌舞伎の世界に呼び戻す影響をもたらしたのが人間国宝の小野川万菊の存在だ。人間国宝の発言は歌舞伎の世界では大きな影響力を与える。そういう人物が道筋を立てた事により喜久雄は再び歌舞伎の世界に戻ってくる事ができた。
そこからは俊介が舞台に立てなくなりそして亡くなっていく事で喜久雄は歌舞伎役者として色々な物を背負いながら10数年後に人間国宝に認定されるがそこでのラストシーンは改めて喜久雄が残してきたものが巡りに巡ってきたのだと感じたのだった。
総評として人間国宝になるには芸に精進していくしかないが血筋のない人ほど血筋のある人よりも厳しい道を歩む事になるという事だ。
演じた人たちの多くは歌舞伎経験がない人たちだが厳しい稽古を経てこの晴れ舞台を見事に演じ切ってくれた。それだけでも素晴らしい事であるし、この作品に賭けた役者たちの素晴らしい演技にスタンディングオベーションを送りたい。


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