8月16日公開の映画「アナウンサーたちの戦争」を鑑賞した。

この映画は太平洋戦争時にラジオのアナウンサーたちがプロパガンダによって利用された苦悩が描かれる実話のストーリーである。

当時のラジオのアナウンサーたちは戦争の中でどんな苦悩を抱えていたのだろうか?



太平洋戦争から既に80年以上経過しているけれど当時は今のように情報を手にする方法は新聞かラジオと限られたメディアでしか情報を得る事ができなかった時代においてラジオのアナウンサーが伝える情報は国民が知る機会に大きな役割を果たした。

その中にはナチスドイツがプロパガンダとして利用した事によりそれが戦局を大きく変える事になった訳だが日本もそれを利用する為に当時の日本放送協会アナウンサーたちだった。彼らはこの戦局の中で事実を知りながらも事実と異なる情報をアナウンスしなければならなかった苦悩、そして戦地へ行って戦局を左右するアナウンスをする事になった者たちはどんな苦悩と戦う事になったのか?

キャスト&ストーリー




結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして太平洋戦争はラジオの開戦ニュースで始まり玉音放送で終わったその両方に関わる事になった和田信賢アナと館野守男アナは戦争が始まる前はスポーツで国民を熱狂させるアナウンスに憧れていた。

戦争が激化する中で彼らのアナウンスは国民の高揚に繋がる事を当時の政府が利用しない手はなく太平洋戦争開戦する直前に日本放送協会は日本政府直轄の管理下に置かれる。

その中でこの事が自分たちも戦争に関わる事となり苦悩の始まりである事は当人たちはよくわかっていた。ここに登場する人物は全て実在した人物で実際にどういう行動をしたのか忠実に基づいて描かれているので当時の人たちはそれだけ戦争という中で次第に事実と異なる事でも事実と異なる事をアナウンスしなければならないという苦悩に苛まれていく。

当時のメディアは新聞かラジオが主だっただけにその情報が本当と信じてしまう事が普通に戦争の中では行われていた。その情報により実際には不利な戦局でも有利になったケースもあり、その情報により勝利した戦いもあっただけにそれだけプロパガンダによる効果は絶大だった。

今ではウクライナ戦争は映像によって情報を知る事ができるし、それはリアルタイムに知る事ができるので第3国から見るとそれが真実なのかそうでないのかが判断しやすくなっているが、当時はラジオと新聞のみでしか知る事ができなかっただけに映像の力がそれだけ今の時代は大きなものとなっている。

当時は情報統制をすれば他国の情報を知る事は国民はできない時代だっただけによりラジオのアナウンサーのアナウンスが戦局を左右した。

その中で和田信賢アナは日本の戦局を知りながら真実と異なる嘘をアナウンスしなければならない苦悩を抱え、館野守男アナはインパール作戦の過酷な現実を見て生きて帰ってきた事によりこの戦局は終戦へと向かっていく。果たして終戦のアナウンスはどのように行われたのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、当時のアナウンサーは情報の通り現行の通りに読む事を強いられ自由に自分の意見を述べる事は許されなかった。

自分のアナウンスで戦局が左右する。国民の高揚になるという立場は1つに自分の声1つで国を左右する立場、戦局を左右する立場にあった事は戦場の指揮官と同じ苦悩があったはずだ。それでもやらなければならないという状況で当時のアナウンサーたちは必死にその状況で生きる為に戦い続けた。

戦後生き残ったアナウンサーたちはこの戦争で多くの犠牲を背負ってアナウンサーとして生きていく姿は戦争の中でアナウンサーも利用された被害者と捉えて良いと感じる。

総評として自由のない中ではそれが正しい間違いではなく生きる為にはやるしかないという選択肢しかなかった事を理解しなければ戦争とは生き残る為の戦いであるという事だ。国を守る為にやるしかなかった彼らの苦悩は戦後も続いたがこの悲劇を二度と起きない事を願ってアナウンサーを続けていたと感じる。

望まなかったアナウンスで多くの悲劇を観る事になった彼らも彼女らもまた戦争によって苦悩する事になった人である事を忘れてはならない。





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