9月9日公開の映画「百花」を観賞した。

この映画は認知症を発症した母親とその息子が過去と現在の記憶を辿りながら母子の絆を再確認していくストーリーである。

誰もが最後を迎えるけれど記憶が無くなっても失わないものがある事を知る事になる。




誰もが最期の時を迎える訳ですけれど、認知症を患って記憶を失っていく母と向き合う息子がこれまで一緒に暮らしてきた出来事やこれから残された母親の人生をどう考えていくのかを考えさせられるストーリーである。

誰もが1人で亡くなっていくが、子供がいると子供はその親の面倒をどういう形だろうと見なければならない。そういう観点も踏まえてレビューしていく。

キャスト



ストーリー



結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして葛西泉はピアノ教室を営む母百合子が認知症となった事を医師から告げられる。

その事から泉はこれまで距離があった母親百合子との距離を取り戻していく事になるのだが、認知症やアルツハイマー病などになるとある年代の記憶は残るけれど最近の記憶が覚えられないという現象が起きるものだ。

百合子もまたそういう症状から自分の若き日の事や同じ行動を繰り返すようになっていく。そんな百合子をここままにはできないと泉の妻香織とも相談して百合子を介護施設へ入所させる。

そんな泉は百合子の部屋を整理しているとかつて百合子が書いた日記には衝撃的な事が書かれていたのだった。

百合子の過去を知りそして百合子が観たいと言っていた花火はいったいどんな花火だったのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、息子が母親の過去を知る事って意外とないと思うんだけれど、こういう日記を書き残しているとそういう過去の記録として母親の過去を知ってしまう事もある。ただ泉も既に結婚するほどの年齢になっているし、この日記を読んだからと言って大きく動揺するような事は少ない。

そしてそこからこれまで埋められなかった溝を埋めていくのがこのストーリーの本当の意味だったと思う。認知症などになるとそれまでの過去の記録しか残らずさらには最近の事を殆ど覚えられない中で色々な事を覚えていようとする事そのものが難しい訳で過去に何をしたのかを書き残す事は必要だったりするし、そういう記録は必ず過去の出来事を蘇らせてくれるという事だ。

総評としていつの日か誰にもこういう日が訪れる。その時に自分がこれまで何をやってきたのかを残していく事も必要だと感じるし、人は忘れるという事を常に考えながら毎日を向き合わなければならないと思うし、そういう事からこれまで溝だった親子関係が改善していく事はあると思います。






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