4月1日公開の映画「やがて海へと届く」を観賞した。

この映画は彩瀬まるの原作を実写化した作品で大学時代に出会った親友が社会人となって数年後に行方不明になり行方不明のまま死亡扱いとなった事で喪失感を抱える親友がどんな人だったのかを振り返っていくストーリーである。

行方不明のまま死亡と認定された事で割り切れない人も少なくない現実がある中で親友などんな人だったのかを振り返るとなかなか知らない事が多い事を知っていく。




大学時代に出会って卒業後から3年間ほど時々会いながら突然行方不明になり、その後5年後に行方不明のまま死亡認定を受けるという割り切れない喪失感に親友や恋人、家族が襲われていく。

このストーリーでは東日本大震災で親友が津波に巻き込まれたらしいという事しかわからない状況で活きているのか死んでいるのかもわからない。ただその日にその地域に行ったらしいという事しか知らない中で行方不明のまま死亡扱いになるのは誰も納得しがたいものだ。

今でも行方不明者の捜索が続いている訳だけれど、さすがに10年以上経てしまうと遺体が見るかる可能性は限りなく0に近い訳だけれど、このストーリーでは突然いなくなった親友がどんな人だったのかを振り返っていくストーリーなのだが実際に振り返ろうとするとどんな人だったのかを思い出す事が難しい。

喪失感の中でそれぞれが語る親友の姿とは?

キャスト&ストーリー



結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして大学時代に真奈はすみれと出会い社会人になってから3年間付き合った親友すみれが突然姿を消した事から真奈は喪失感に襲われ続けていた。

行方不明から5年の月日を経て行方不明のまま死亡扱いとなり喪失感から抜け出せないままだった。

このストーリーは大学の1年の時にからの大学時代の4年間卒業してから3年間、そして行方不明になってからの5年間の計12年間が描かれる。真奈は30歳になっても友人を失った喪失感を抱えながら5年間生きてきたという状況で1つの区切りとしてすみれの死を受け止める事になるが、いざ振り返ると菫の事を良く知らなかった事を知る事になる。

すみれには大学時代に恋人の敦ができて敦と同棲生活を社会人になっても送っていた。どうしてすみれが行方不明になったのかだけれど、すみれが1人で旅行に行っていた先で東日本大震災に巻き込まれて津波に飲み込まれたらしいという事以外実際に生きているかも死んでいるかもわからないという状況だった。

東日本大震災で多くの人が津波に飲み込まれて11年が経た今でも遺体が見つからない人は多くいる。最もあの津波で遺体が見つかった方が幸運と言えるのですけれど、旅行で1人旅をしていた人の所在を知る事そのものが難しいだけに、手掛かりはその地方にホテルなどの予約があったからその方向へ旅行に行ったという以外にない。

そして親友の事を振り返ろうとしてもすみれがどんな人だったのか付き合った時間によってかなり異なってしまうという事を知っていく。

仕事などで10年以上付き合いがあると仕事の付き合いでどんな人なのかはわかったりするものだけれど、学生時代の濃厚な時間を過ごしたとしても毎日会っている訳じゃないから以外に相手の事を良く知らないままだったりする事は珍しくない。

真奈も初めてすみれと出会ってから1年後に1年間同居する時間があったものの、その後敦と暮らす事になり敦とすみれの時間の方が5年間という時間を経ている。

その敦ですらよくわからないまま喪失感を抱えていた。元々が他人同士なので色々知っているかと問われるとやはり同じ時間を毎日のように暮らさなければ知る事は難しく、それが同棲生活をしたとしても同じなのである。

本当にお互いの事をわかっていくのは結婚して家族になってからなのかもしれないのだと感じる瞬間だ。

すみれの足跡を辿りながら真奈は今の現実とも向き合っていく訳だけれど、真奈も今務める店の従業員として店長とのやり取りも描かれていくが、その店長が突然亡くなり、その喪失感から真奈はすみれが最後に行ったと思われる宮城県へと向かう。

すみれは何を思って生き何処へ消えてしまったのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、すみれの印象が強いからこそ忘れられない存在になっているという事もあるのだけれど、出会った人の中で忘れられない人ってどれ位いるだろうか?人生の中でそういうシーンって必ずあるものだけれど、すみれは真奈にとってそういう存在だった。

行方不明になって遺体も見つからないと尚更そういう喪失感に襲われる訳だけれど、それを何処で受け止めるべきなのかはこれは個人差によるので何とも言い難い。

すみれが残したビデオに映されたシーンにはすみれがどういう想いで真奈と敦を撮っていたのか?
となると今はもうわからない。それでもその映したシーンには必ずすみれの想いが残されている訳で、真奈から見たシーンとすみれから見たシーンでは当然印象も違うだけに観るシーンによって印象は変わるものだ。

総評として失ってから襲われる喪失感の中でどこで区切りをつけるべきなのかは人それぞれではある。行方不明になって5年、出会ってから7年間過ごした時間と計12年の月日でもそのシーンはワンシーンになるのは12年の中で過ごした7年間は振り返るとそういうものなのだという事を人生を振り返る時に感じる事になるだろう。