8月6日公開の映画「キネマの神様」を観賞した。

この映画は若き日に映画監督を目指した死の間際の老人がもう1度若き日に書いた映画の脚本を執筆していくストーリーである。

若き日に叶えられなかった夢を死に際に叶える事ができるのだろうか?




本来なら志村けんさんが主演するはずだった作品が直前で新型コロナウイルスによって亡くなって映画そのものがどうなるのかわからなかった時期に1年を経て沢田研二さんが代役として公開される事になった。

志村けんさんだったらどんな作品になっていただろうという気持ちもあるけれど、スクリーンでは志村けんさんが演じたであろう沢田研二さんの役を見届け続けた。

そんな作品である今作は若き日に映画監督になろうとしたがある事で挫折し、老人になってから孫によって再び映画監督として撮ろうとしていた作品が日の目を見る事になる。

果たして最後に残したかった作品とは?

ストーリー




結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして若き日は助監督して映画を撮っていた円山郷直は老人となり借金まみれの生活を送っていた。

そんな郷直を見かねた家族は通帳を取り上げてしまうが、ある日初監督作品になるはずだった「キネマの神様」の脚本が出てきた事により郷直の運命が変わっていく。

若き日の郷直は助監督として活躍し、後に妻となる淑子と交際し順調な日々を送っていたが、ある日初監督作品になろうとしていた撮影で転落事故が発生した事で郷直は映画監督になる夢を諦めて淑子と共に田舎へと帰っていった。

その後淑子と結婚したもののその生活はかなり荒れたものだったようで、娘の歩も郷直を構成させようと奮闘する姿が描かれる。そんな歩の息子勇太が郷直が書いた脚本を見つけた事により郷直は勇太と共に再び脚本を書き直して脚本賞に応募していく事になるが果たして郷直はあの時日の目を見る事のなかった「キネマの神様」が日の目を見る事があるのだろうか?

結末は劇場で観てほしいが若き日に映画化しようとした作品が時を経て脚本を書き直した上で現代版に合わせたものとして日の目を見る事になると言うまでが描かれていくけれど、時代背景が違えば当然表現も違ってくる訳で、それは今を生きる孫の勇太が今の感覚で書き換えを手伝った訳だが、それでも若き日に日の目を見る事のなかった作品が日の目を見る事になったのは孫の勇太が見つけたからだ。

時々日の目が観る事のなかったものが日の目を見る事になったケースはあるし、誰かが評価すれば誰かによって日の目を見る事があるという事だ。そして最後に郷直は念願だった「キネマの神様」を完成させていくのだった。

総評として若き日に夢を叶えられなかったとしても人生最後に夢を叶えられる事がある。誰もが夢を諦める時があるけれど、やってきた事が夢になって叶う事があるというのがこの作品のストーリーであり、そして最後に自分が生きてきた証を残していく事ができた郷直は最後の最後で幸せな人生を手にした。