10月16日公開の映画劇場版「鬼滅の刃」無限列車編を観賞した。

この作品は吾峠呼世晴原作の漫画をアニメ化し2019年4月から9月まで放送された作品の続編で、ある列車で起きている事件を追う為に乗り込んだ列車で繰り広げられる鬼たちとの攻防を描いたストーリーである。

昨年から話題になっていたアニメでもあるが、まさかここまで日本映画史上の記録を塗り替えるほどの事になるとは誰が予想しただろうか?

私自身原作は全く未読であり、昨年紅白でLiSAが歌った紅蓮華を良いなと思って聴いていた位でそれほど気に留めていた訳ではない。私自身が原作未読の作品を観る事は良くやっている事なので原作を知らないまま観るとフラットな気持ちで観る事ができるので先入観なく観る事ができている。

原作を知って観てしまうとどうしてもこだわりが出やすくなるのでやはりこんなのという事が絶対に出やすくなる。何時も決まって出るのはイメージが違うなんて言うけれど、なら誰ならという答えが意外と出てこないケースはよくある。

大体観賞しようとする作品については観る前にどんなストーリーなのかはある程度おさらいして最低限の情報を持って観るようにはしている。だから私も配信で数話視聴してから実は観ている。

なんか凄いらしいと聞いていたのでそれなりにヒットするとは感じていたが、初日のスケジュールを見た時にはさすがになんじゃこれは!!!と長年映画を観続けているけれど1日15回〜20回も上映されるなんて見た事がなかった。

しかも驚く事に劇場の予約を観たら殆どの回で席が埋まっているという首都圏じゃない新潟でこんな席が埋まるなんて私が記憶している限り舞台挨拶上映を除けばエヴァとか昔のハリーポッター位しか記憶にない。普段行けば席に余裕がある劇場ですらそうなのだからこれはとんでもない事になると感じたものだった。

それにこのコロナ禍の中でさすがにこれだけ埋まり続けている状況では少し時間を置いてから行こうと観賞したのが11月3日に丁度1人席を確保できたから行った次第でしたが、それでも席が埋まっているのだからこんな状況は君の名は。でも観なかった光景だった。

既に歴代2位に浮上し歴代1位も時間の問題になる訳だが、そろそろレビューに入ろうという事で無限列車を舞台にする鬼との戦いの先にみるものとは一体何なのだろうか?

キャスト




ストーリー



結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとしてこの作品は漫画で言うと23巻中7,8巻に当たるという事でまだ随分先が長い。まだ前半戦すら終わっていないのだが、その中で繰り広げられた無限列車を舞台にした鬼との戦いが描かれていく。

舞台は明治から大正にかけての時代であり、鬼と人間との戦いが繰り広げられている中で鬼になってしまった妹を救う為に鬼を退治する鬼殺隊に入隊した竈門炭治郎は妹竈門禰󠄀豆子を鬼から救うために鬼と戦う決心をする。

それはアニメシリーズで描かれている事なのだけれど、そこから仲間となる我妻善逸、嘴平伊之助と共に鬼殺隊として修業して鬼を倒していくという訳だが、任務として多くの人が行方不明になっているという無限列車に乗り込んでいく。

この列車には煉獄杏寿郎という炎の呼吸を使用する炎柱が先に乗り込んでおり、炭治郎らと鬼が出るのを待っていた。しかしその直後に炭治郎ら4人は鬼の策にハマり眠らされてしまう。

そこから炭治郎らは鬼との戦いになる訳だが、鬼は昼間に行動する事ができず太陽に浴びると消滅してしまう体であった。故に夜の間しか行動しない訳だが、その強さは計り知れないほど強い訳で、炭治郎らが戦っても1人だけでは倒せないほど強い相手でもある。

しかし煉獄杏寿郎がいる事で鬼を退治する事は成功するもその直後にさらに強力な鬼が待ち構えていたのだった。

結末は劇場で観てほしいけれど、私も長年アニメ作品を多数鑑賞してきているのでどうしてこの作為hんが社会現象になるほど魅了するのかというのは作品を観賞して感じる部分は確かにある。

ストーリーとして鬼を退治するというとても白黒わかり易い図式である事と、鬼との戦いの中でも人として大切な事を述べられているという点で漫画で数多く出てくる台詞に魅了されているという事だ。

炭治郎は家族思いの優しい少年である事、そして妹想いである事も人として大切や優しさを示しており、今の時代に欠けていると言われる人を思う気持ちを持った少年だ。本当なら人を斬る事すら躊躇うはずも妹を救う為には斬る事もいとわない戦士になっていった事がただ鬼を殺している訳ではないという事だ。

しかもこの作品PG12指定という作品なのでそういう作品が小学生も鑑賞している人多数なのだからこれが相手が鬼だからこそ受け入れられていると言える。これが人と人との斬り合いなら考える所はあるが、人と鬼との戦いなので人の中に鬼が住むという言われ方もする事もありますが、人の中には鬼が住んでいる。その鬼に打ち勝つにはどうするべきなのか?というのがこの作品の最終テーマなのだとは感じている。

だからこそこの作品のラストで煉獄杏寿郎の鬼との戦いが人々の心を捉えるという事なのだと感じる。鬼に鬼にならないか?と問われてそれを断るブレない柱こそ最後は炭治郎たちを守って見せた姿こそ人々が涙する要因なのだと感じたのだった。

総評としてまだまだ鬼との戦いは続いていくがどうしてこの作品が人々の心を捉えたのかは作品を観賞して感じる部分は確かにあった。その感じ方は人それぞれなので私自身がこれだという事は言いませんが、私自身誰かを守る為にそして未来を託す為には時として犠牲が必要だという事もあるという事を感じた。

炭治郎たちに未来を託した煉獄杏寿郎は炭治郎たちなら鬼を倒し未来を切り開けるという先見の明があったという事を知るのはまだまだ先なのだという事だと感じました。