10月18日公開の映画「楽園」を観賞した。

この映画は容疑者として疑われる青年とその事件で友人を失った少女がある事から出会うもその先にみるのは数奇な運命のストーリーである。

事件の真相に近づこうとするときもう1つの事件とも向き合う事になる。




あの時同じ方向へ行っていたらどうなっていたのか?という運命の分かれ道という事がある。その分かれ道を歩んだばかりに苦悩する少女はある青年と出会うも、その青年はその事件の容疑者として疑われた人物だった。そしてその事件に関わるもう1人の人物こそこの事件のカギを更に握っていく。果たして事件の真相はいかに?

キャスト&ストーリー




結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとしてある夏祭りの屋台で中村豪士はいざこざに巻き込まれていた。そのいざこざを仲裁する藤木五郎はかつて孫娘・愛華を失った人でもあった。そんな中で当時一緒にいた少女湯川紡はある事から豪士に助けられる事になる。

12年の月日を経て再び事件と向き合う事になった豪士と紡は豪士が容疑者と知らぬまま紡は豪士に接していた。小さいとどうしても12年前の事件の事に対して記憶はあってもその当時誰が容疑者だったかという事は意外と知らずに育ってしまう事がある。豪士は当時別れて行方不明になった当時最後にいた少女だという事も知らないままだ。

しかしこの事件は色々謎が多く残り、その後藤木五郎の孫娘・愛華はカバンが見つかったものの遺体すら見つからずに12年経ても未解決事件として残った。世の中色々な失踪事件があるけれど、近年はそういう失踪事件がSNSを通じて何処かの人に連れられていくというケースはあるものの、この事件当時はそういうツールは発達しておらず結局のところ事件は解決せずに、当時疑われた豪士がそのまま容疑者のまま12年の月日を経ていた。

色々な情報が錯綜するものだけれど、あくまで身近な人物がそのまま12年も疑われ続けるというのはあまりにも辛いものだ。このストーリーの中では再び同じような事件が起きてしまい最後まで豪士が容疑者として疑われ続けてその後の不慮の死により真相は闇の中に消えるのだった。

その後残された紡はある人物がこの事件の惨状を見ていた。その人物もまた12年前の事件のカギを握る人物だったが、その人物は田中善次郎という人物で12年前にこの村にやってきた。そこで色々と村に溶け込もうとするが、村社会の色々な難しい人間関係に次第に善次郎は孤立していく。

村社会は本当によそ者に対して冷たい部分を持っているケースが少なくない。それだけ仲間意識が強すぎるという事だ。それ故に色々な嫌がらせが善次郎を襲う事になりそれが原因でとんでもない事態になっていく。果たして善次郎は12年前の事件にどうかかわっているのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、情報の中で誰が疑わしいという話をよく言われるけれど、こういう実際の事件ほど慎重に扱わなければならない訳で、容疑者であってもその時点では被告ではないという事だ。被告になってしまうと余程の失態がない限り罪名確定になってしまうが、容疑者の段階ってまだ罪が確定した訳ではない。怪しいと思われる人物でも実は全然無関係だったという事は珍しくはないのだ。

この映画で描かれたシーンでも正直なところ誰が犯人なのかは推測の域を出ない。推測の域の中でどちらなのか?という事は推測の域でしかないのだがどちらが犯人だったとしてもその後どうしたのか?というのがある。ただ私が考える限り豪士を犯人にしてしまうとその後の推理に無理があると思うが、1人じゃない場合を考えたら色々な経緯を経ての事件になってしまうのかもしれない。どちらにしても紡がその事件の経緯を知る事はできないという事だ。

結局のところ事件は闇の中に入ってしまったと言わざる得ないのだろう。

総評として容疑者と疑われ、村から孤立してしまった2人の男はその後数奇な運命を辿った。残された少女もまたこの事件を解決を見ないままに生き続けなければならない。本当の真実は何処にあったのか?それがわからないままになってしまった事により誰かが犠牲にならないと解決しないような世の中ではあってほしくないと感じる結末だった。



犯罪小説集 (角川文庫)
吉田 修一
KADOKAWA
2018-11-22