4月20日公開の映画「いぬやしき」を観賞した。

この映画は余命3か月の定年間際の窓際族の男がある日突然未知の生命体の事故に遭遇してしまい、もう1人の高校生と共に機械人間となった事で人生が激変し、暴走した高校生を止めるべく戦う事になるストーリーである。機械になった事で人生が変わった親父がどうやって高校生の暴走を止めるのだろうか?

定年間際の窓際族である還暦間際の親父が家にも会社にも居場所がなくその上で余命3か月を宣告された中で絶望の淵にいる中で突然未知の生命体と遭遇して機械人間になってしまうという事なんだけれど、突然余命3か月から機械人間になってしまった事に戸惑うのはある意味当然であるけれど、その能力をどう使うか?という点では大きく異なっていくのがこのストーリーの大きな見どころである。生きる希望を失った親父に、世の中に絶望した高校生とで大きく道が違ってくるのだが、果たして親父はどう希望を見つけて、どうやって高校生を止めようとするのか?


キャスト

犬屋敷壱郎演じる木梨憲武

獅子神皓演じる佐藤健

安堂直行演じる本郷奏多

渡辺しおん演じる二階堂ふみ

犬屋敷麻理演じる三吉彩花

犬屋敷剛史演じる福崎那由他

犬屋敷万理江演じる濱田マリ

獅子神優子演じる斉藤由貴

萩原刑事演じる伊勢谷友介

他多数のキャストでストーリーが進行する。


ストーリー

家族からは疎まれ、会社でも阻害されているサラリーマンの犬屋敷壱郎は、ある日、公園で不思議な墜落事故に巻き込まれる。その事故の後、犬屋敷の体は見た目は今までと変わらないが、内部は未知の機械に変化していた。その頃、ある一家の惨殺事件を皮切りに、残虐な殺人事件が起こり始める。犯人の名は獅子神皓。犬屋敷とともに事故に遭い、機械の体に変化した獅子神はその能力で母を自殺に追い込んだ日本社会に復讐を始めようとしていた…。


結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして会社にも家にも居場所のない犬屋敷壱郎は余命3か月の宣告を受けていた。そんなある日外を散歩していたらその近くにいた高校生と共に未知なる物体の事故により体ごと機械化されてしまう。それに気づいたのは家で食事をした直後だった。塩分ある味噌汁を飲んだ直後に体に異変を感じて味噌汁を体から吐き出した事で自分が人間じゃなくなった事に気づく。通常こういう状況になって冷静に慣れる人は少ない訳で、犬屋敷壱郎も困惑していたのは言うまでもない。


一方同じ頃に犬屋敷壱郎と共に機械化されてしまった高校生の獅子神皓はその能力をフルに使えるほどになっていた。その力をこれまで不遇の生活から抜け出すために使おうとする。そしてそれをいじめられて引きこもりになった友人を助けるために使い出すが、その能力の使い方に問題があった。獅子神皓と犬屋敷壱郎の能力は1つ正しい事に使えば人の命すら救えるだけの能力がある。その能力を犬屋敷壱郎は使える事を知った事で不治の病の少年や多くの人々を救える事を知った犬屋敷壱郎はその能力で多くの命を救おうと行動し始めていた。


一方で獅子神皓はその真逆でその力をいじめた人を退治したり、お金を引き出したりするなどどちらかというと復讐的な事に使ってしまう。そしてそこで獅子神皓の暴走が始まった。獅子神皓は何の関係もない普通の家族を殺害してしまうのだった。確かに獅子神皓の不運な人生は差し引いてもそれを何の関係もない家族を殺してよいという事にはならない訳で、この事件により獅子神皓は警察からも追われる身となる。


獅子神皓の事を気に掛ける友人の安堂直行は犬屋敷壱郎の存在を知り、その能力を引き出すための練習を始める。それを知らないまま獅子神皓は暴走を初めて、唯一の肉親である母が自殺し、獅子神皓を好きな同級生である渡辺しおんはSATに殺された事によって獅子神皓は全ての人類を抹殺する事を決意して暴走が始まる。そして犬屋敷壱郎の娘である犬屋敷麻理も巻き込まれてしまった事を知った犬屋敷壱郎は獅子神皓の暴走を止めるために戦いに挑むのだった。果たしてこの戦いの行方はいかに?


結末は劇場で観てほしいけれど、確かに獅子神皓の家庭の不運というのはあるにせよ、それだからと言って何の関係もない人たちを殺してしまう事に向かってしまったのは彼にとって生きる意味を失ったからに他ならない。犬屋敷壱郎が生きる希望を失った中で生きる希望を得た事とは対照的だ。犬屋敷壱郎は余命僅かだったからこそ、自分が誰かを救えるという能力を得た事でその能力を人の命を救う事に使おうという希望を見出した。それはそれで良い事であると思うし、彼なりに生きる希望は誰かを救う事だったとなればそれも生きる意味になる。


一方で獅子神皓は生きる意味を無くしてしまったからこそ止める術がもう獅子神皓を倒すしかなくなった。それ故に犬屋敷壱郎は獅子神皓を止めるために立ち向かった。2人のバトルはもうこの世界の人間ではない戦いだったのであとは2人の激闘を見れば良いだけなのだけれど、戦いが終わった先には生きる意味を問いかけるものだった。


総評として犬屋敷壱郎と獅子神皓は同じ能力を持ちながら違った使い方をしてしまったばかりに対立する存在となってしまった。でも正しい使い方をすれば犬屋敷壱郎のように多くの人を救えるが、間違った使い方をすれば多くの人を殺してしまう事になる。最強の武器は使い方次第で良くも使えて悪くも使えてしまうという事を示す事例なのだと思います。物は使いようである事を知らなければならないですね。