10月7日公開の映画「あゝ、荒野 前篇」を観賞した。この映画は2021年の新宿を舞台にした作品で少年院を出てきた青年がボクシングと出会い、そこで吃音に悩む男と出会い兄弟のようにボクシングに打ち込んでいく姿が描かれていく。

荒れ続けた少年時代から更生してボクシングに打ち込んでいく姿と生活しながら色々な事と向き合う姿が描かれていく。

東京五輪後の新宿を舞台にした作品だけれど、4年後にどんな日本になっているのかは正直わからない。その中でこの作品は少年院を出所してボクシングと出会って更生していく青年と吃音に苦悩し貧しい生活をしながらも同じくボクシングと出会い共にボクシングに打ち込んでいく姿が描かれていく。


その中で自殺願望を持つ大学生サークルの活動や、ボクシング以外の仕事で介護の世界も描かれていく訳だけれど、そういう事を踏まえても本質はボクシングで更生していく青年の姿が描かれる訳だ。そんな2人の出会いからボクシングでプロデビューするまでをレビューする。

キャスト

新宿新次演じる菅田将暉

バリカン演じるヤン・イクチュン

芳子演じる木下あかり

片目演じるユースケ・サンタマリア

馬場演じるでんでん

他多数のキャストでストーリーが進行する。


ストーリー

2021年。少年院に入っていたことのある沢村新次は、昔の仲間でボクサーの山本裕二を恨んでいた。一方、吃音(きつおん)と赤面症に悩む二木建二は、あるとき新次と共に片目こと堀口からボクシングジムに誘われる。彼らは、それぞれの思いを胸にトレーニングに励み……。


結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして新宿新次は少年院から出所して何をしてよいのかわからないまま新宿を彷徨っていた。そんな中で芳子という女性と出会い一夜を共にするが全ての財産を持っていかれてしまい途方に暮れる。


そんな中で辿り着いたのが潰れそうだったボクシングジムだった。当初は少年院に送られる前に仲間を半身不随にした相手を倒すためにボクシングを始めたのがキッカケだったが、そこで出会った吃音で上手く話す事の出来ない二木建二と出会った事で真剣にボクシングに打ち込んでいく事になる。


喧嘩は強いがボクシングにはルールがあるのでそのルールを確り覚えるところから始まり、基礎トレーニングから連日厳しい練習を重ねる毎日は建二と出会わなければこれだけ続く事はなかったかもしれない。1人より2人の方が続くものだ。

しかしボクシングだけでは暮らす事ができず、ボクシング以外の時間は新次は介護の仕事を、建二は元々勤めていた床屋の仕事をしながらのトレーニングとなった。そんな中で新次は介護の仕事を通じて行き場を失った人たちの現実を向き合う事になる。


一方でそんな時代背景を移すように自殺について考えるサークルが開催されていた。そのサークルは自殺しようとする人たちが集まり生きる事を向き合う人たちも描かれるけれど、2人の実際に生きる姿と並行して死にたいと思う人たちの姿も描かれる事で上手くリンクさせようとするのはそれはそれで生きる意味を見つけるという部分ではこの時代を映している訳で生きる意味をどう見つけていくのか?


その中で新次と建二はプロテストを経てプロデビューしていく訳だけれど、新次は躊躇なくパンチを撃っているが、建二は躊躇して受け身のままで終わってしまいデビュー戦は明暗が分かれた。ここから新次は勝った勢いのまま勝ち続け、建二は試合が巡ってこない日々が続いたのだった。


前編はその状況で終わる訳だけれど、前編の印象としてはこの時代でも生きる意味をそれぞれが見つけられるか?という部分が焦点になったと思う。新次はボクシングと介護を通じて生きる意味を見つけて、建二は新次と出会いボクシングと出会って父親から解放される姿が描かれている。


そして2人とは直接的には関係ないものの自殺防止サークルの件はどの時代でもそれぞれが生きる意味や死にたいという気持ちになる人はいると思うんだけれど、最近の時間を踏まえてもやはり生きる意味はとても重要なのだと思うし、その意味を見つけられないと命を絶ってしまうような結論に至ってしまう人もどの時代でもいるのだという事だ。そういう部分で生きる意味をそれぞれが探しているのだという事だった。


後編では新次と建二がボクシングで対決する経緯が描かれる。果たして新次と建二はどうして戦う事になってしまったのだろうか?その戦いの果てに注目していきたい。








あゝ、荒野 (角川文庫)
寺山 修司
KADOKAWA
2009-02-22