7月8日公開の映画「ペレ 伝説の誕生」を鑑賞した。

この作品は1955年に15歳でデビューしブラジル代表を

3度のW杯優勝に導いたサッカーの王様と言われる

ペレの17歳の時に出場したスウェーデン大会に

ブラジル代表が初優勝した時のエピソードを描いた作品である。

生涯実働22年間で通算1363試合に出場し

1281得点を記録したペレの原点を改めて知る事になる。
サッカーのプロリーグの試合で1281ゴールを記録する事が

いかに難しいのかはサッカーをやった人であればわかると思うけれど、

年間50ゴールを20年やっても到達する事が出来ない記録であり、

今の世界各国のプロリーグでもそれなりの水準のレベルのリーグでは

まず年間50ゴールを上げる事は困難な数字である。

カップ戦を含めたとしても年間50ゴールは難しい訳で、

ほとんどをブラジル国内リーグでこれだけのゴールを決めただけでも凄い事である。

それだけ凄い選手だったという事だ。

今の時代にこれだけの規格外の選手はもう現れないと思うし、現れる事はないだろう。

そんなペレのデビューからブラジル代表としてW杯初制覇についてレビューしたい。

ストーリー

スラムの貧しい暮らしの中で育った少年時代のペレ。

1950年、地元ブラジルでFIFAワールドカップが開催され、

ブラジルチームは優勝を確実視されていたものの敗退してしまう。

ブラジル国民はショックを受けていた。

失望した父親に、ペレはブラジルをワールドカップで優勝させると約束する。

成長してプロチームに進んだペレは、

1958年にスウェーデンで開催されるワールドカップのブラジル代表に、

17歳の若さで選出される。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとしてペレは貧しいスラム街で育った。

当時のブラジルは貧しい暮らしをする人が多い時代でもあったし、

それだけ貧富の差もあった。

その中で這い上がるにはサッカーでプロになる事が一番の近道であった。

そんなペレもその1人でありスラムでのフットサルをキッカケに

ペレはサントスFCにスカウトされた。

当時のブラジルはまだW杯制覇がなく、

1950年のブラジルW杯決勝でウルグアイに敗れて優勝を逃していた。

そんなブラジルはその間失望が続き、

その威信を取り戻そうと挑んだのが1958年のスウェーデン大会だった。

ペレはサントスFCで2年連続得点王という活躍で17歳にして代表に選ばれたが、

当然最初はレギュラーではなかった。

しかも当時の監督は戦術を重んじる監督だったこともあり、

個人技主体のブラジル代表は窮屈なサッカーだったようだが、

負傷者が出た事でペレに出番が回ってきて決勝トーナメントから

ペレは彗星の如く活躍しブラジルを初のW杯優勝に導いたのだった。

ペレの体格は171cmとサッカー選手として高い訳じゃない。

ただ歴代のサッカー選手を見てみるとマラドーナ然り、

メッシ然り長身でない選手で活躍している選手は意外に多い。

ディフェンスでもマテウス、バレージ、カンナバーロらは180cmに満たない選手だったので

身長が高ければ活躍できるわけでもなく、低くて活躍できない訳じゃない。

こういう選手は他にないセンスと一芸に秀ていたという事だ。

ディフェンスならポジショニングと1対1の強さ、

読みであり、攻撃ならドリブル、パスセンス、シュートの正確性である。

他の選手より劣るなら他の選手を超えるプレースタイルが必要であり、

ペレもずば抜けたドリブル、ジャンプ力、そして何よりシュートの正確性と

人の思いつかないようなプレーの想像力である。

そして何より重要なのは精神力だ。

ペレも最初から精神力が強かった訳じゃないと描かれているように、

ある出来事をキッカケに自分自身に自信をもってプレーする事で活路を見出した。

自分自身を信じてプレーする事が1番必要なのだと

サッカーの王様は語っているのだと感じた。

総評としてもうこれから水準の高いプロリーグで

通算1000ゴールを達成する選手はもう出てこないと思うぐらい不世出な記録だ。

当時のブラジルリーグの水準は世界トップレベルと踏まえれば尚更だが、

時代背景はあるとはいえこれだけ凄い選手がもう現れないのかもしれない。

それでも歴代の名選手は常に自分自身を信じてプレーしている姿は

サッカーの王様の自伝でも証明しているという事はこれからも変わらない。

戦術、システムが重要視される時代だけれど、

1番重要なのはそれぞれが自分自身を信じる事なのだと思います。

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スポーツ
PSG
2008-07-25