2024年10月23日17時56分新潟県中越地方で発生した中越地震から丁度20年を迎えた。

当時震度7の地震が新潟県中越を中心に発生し新幹線が脱線し、高速道路が寸断され、村が孤立するなど甚大な被害を受けた。この地震により多くの命も失われた。

20年を経て何を感じ何を教訓にしなければならないのか?




しばらくこの地震には触れていなかったけれど20年の節目という事でやはり触れない訳にはいかない。

あれから20年の月日が流れたけれどあの時の記憶は今でも鮮明に覚えている。新潟市はそれほど被害を受けなかったけれど、長岡市を中心に小千谷などは甚大な被害を受けて新幹線は史上初の脱線、高速道路は崩壊、山古志村は孤立し全村避難など新幹線と高速道路がしばらく使えない日々は新潟県にとってインフラの大動脈を失った事の大きさが深刻だった。

私はまだその頃そういう事に関わる業界にいなかったので当時は自宅で丁度Jリーグの試合浦和対鹿島戦をテレビ観ていて試合が終わった直後に大きな揺れが発生した事を今でも覚えている。

丁度夜になった事もあり被害状況がわかるのは翌日の朝になってからだったが今でもあの地震の被害の酷さは言葉では言い表せないほどだ。

今年1月1日の能登半島地震があった時は中越地震の揺れの激しさを思い出すほどだっただけに能登半島地震の時は中越地震よりも揺れは強かったのですが、中越地震の教訓を能登半島地震で活かされたのか?と言われると活かされなかった事が正直悔やまれるところです。

あの時助かった2歳の子供も今は社会人となり当時全村避難した山古志村の村民は数年後に地元が再建して戻る事ができただけに改めて復興するには長い年月と勇気ある決断と奇跡が必要なのだと中越地震から学びます。

これからも様々な巨大地震が日本で何時起きるかわかりません。そんな時に中越地震の体験を忘れずに生きていきたいし、亡くなられた人の分まで生き続けていきたいと思います。



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