1月9日スタートの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を視聴した。

この大河ドラマは平安時代から鎌倉時代に活躍した鎌倉幕府2代目執権北条義時の障害を描いた作品で、当初は地方の一武士でしかなかった北条義時がいかにして源頼朝に加勢し、そして鎌倉幕府の基礎を築いたのかが描かれていく。

武士の世が700年続く基礎を築いた人物は波乱万丈な人生を歩んでいく事になる。

大河ドラマの平安時代から鎌倉時代を描くのは2012年の平清盛以来10年ぶりとなる。過去30年を振り返っても平安時代から鎌倉時代を描いたのは多くなく、太平記、炎立つ、北条時宗、義経、平清盛と多くはない。21世紀になってからはこれが4作品目となる。

そして鎌倉北条氏を描くのもこれが初めてになる訳だが、殆どの人が鎌倉幕府は源頼朝が開きその後北条氏が執権として幕府を仕切った位しか知らないと思うし、私も北条義時は2代目執権という位しか知らないほどなのでかなり知名度はない人物を取り上げたが、武士の世を確実なものにした人物でもある。

時代は平清盛が全盛の時代から始まる訳だが果たして北条義時はどうやって鎌倉幕府の13人になっていったのだろうか?1年間見届けていく。

ストーリー



今回は北条義時は1175年の頃はまだ伊豆の地方の一武士であり、勢力も全く小さな勢力だった。

その頃既に源頼朝は流されて15年の月日が経っていた。その中で頼朝は義時の幼なじみである八重と恋仲となり、男子を八重が産んだ事から事態は大きく波乱でいく事になる。

義時はこの頃まだ野心もなく、周りの事に色々巻き込まれていく感じの人物だった。兄宗時に振り回され、更には頼朝にも振り回される事になり、周りに振り回されながらやっていく感じだ。

そして京から時政が3年ぶりに帰国した事により事態は大きく動き始めていくというところだった。

この時代男子が生まれるとお家騒動や敵討ちの火種になる時代でもあり、八重が産んだ子供は当時清盛によって監視していた伊東氏により葬り去られた事で小競り合いの始まりとなり、頼朝は動く事により義時も巻き込まれていく事になるのだった。

次回は頼朝を逃がした事により義時も戦乱に巻き込まれていく。果たして義時は頼朝をどうやって守っていく事になるのか?その行動に注目だ。