1日大河ドラマ「どうする家康」第37話を視聴した。
今回は家康は秀吉から小田原攻めを命じられ、小田原攻めで関東を取った暁には東海5か国から関東への転封を命じられていた。
それを言い出せない家康はこの戦が終わるまで家臣たちには公言しない事を決める。
そんな小田原攻めは4か月で小田原城が落城し、落城後に家康は家臣たちに関東転封を告げたが、家臣たちはここまで生き抜いてきた事を思えば転封する事になってもまた国を作れば良いと本多正信らの説得により受け入れて家臣たちは城持ちの大名となった。
そして月日は流れ1592年に秀吉の嫡男鶴松が死去した事で秀吉は朝鮮出兵を発令するシーンがメインだった。
今回は家康は秀吉から小田原攻めを命じられ、小田原攻めで関東を取った暁には東海5か国から関東への転封を命じられていた。
それを言い出せない家康はこの戦が終わるまで家臣たちには公言しない事を決める。
そんな小田原攻めは4か月で小田原城が落城し、落城後に家康は家臣たちに関東転封を告げたが、家臣たちはここまで生き抜いてきた事を思えば転封する事になってもまた国を作れば良いと本多正信らの説得により受け入れて家臣たちは城持ちの大名となった。
そして月日は流れ1592年に秀吉の嫡男鶴松が死去した事で秀吉は朝鮮出兵を発令するシーンがメインだった。
ストーリー
今回は家康は最後まで北条を救うべく奔走したものの秀吉は誰の耳も貸さずに家康に小田原攻めを命じた。既に関東が落ちれば全国統一が達成する事になりこれが事実上の天下統一の戦いとなったが、既に秀吉側は総勢20万の軍勢を要して小田原城を包囲しただけに北条はその軍勢で4か月耐えたが、一夜城が披露されると北条側は降伏した。
これにより天下統一がなされたがこれによって家康は東海5国から関東への転封となり故郷の三河を去る事になった。しかし家臣たちはここまで今川、武田、織田と強敵を前に生き残ってきた事を思えば石高は東海5国よりも増加する事から家康は江戸に入り家臣団は関東の城持ち大名となった。
当時の江戸は何もない沼地だったがそれだからこそ色々と家康の思い通りに町を作り替える事ができた訳で今思えば秀吉の見る目の高さを伺える。でもそれが後で命取りになるとまでは思わなかったのだろう。
次回は鶴松が死去した事で秀吉は朝鮮出兵を決断する。果たして朝鮮出兵にどんな大義があったのだろうか?その朝鮮出兵に注目だ。


今回は家康は最後まで北条を救うべく奔走したものの秀吉は誰の耳も貸さずに家康に小田原攻めを命じた。既に関東が落ちれば全国統一が達成する事になりこれが事実上の天下統一の戦いとなったが、既に秀吉側は総勢20万の軍勢を要して小田原城を包囲しただけに北条はその軍勢で4か月耐えたが、一夜城が披露されると北条側は降伏した。
これにより天下統一がなされたがこれによって家康は東海5国から関東への転封となり故郷の三河を去る事になった。しかし家臣たちはここまで今川、武田、織田と強敵を前に生き残ってきた事を思えば石高は東海5国よりも増加する事から家康は江戸に入り家臣団は関東の城持ち大名となった。
当時の江戸は何もない沼地だったがそれだからこそ色々と家康の思い通りに町を作り替える事ができた訳で今思えば秀吉の見る目の高さを伺える。でもそれが後で命取りになるとまでは思わなかったのだろう。
次回は鶴松が死去した事で秀吉は朝鮮出兵を決断する。果たして朝鮮出兵にどんな大義があったのだろうか?その朝鮮出兵に注目だ。

