17日大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」第11話を視聴した。

今回は四三はどうしても呼び方を日本と拘り大揉めになるも、最終的には治五郎がNIPPONとして決着を付ける。そして史上初の日本選手団として入場行進をした四三と弥彦はそこで様々な初めての体験をしていく事になる。

弥彦は大きな体の欧米の選手たち相手に初めて走るも、日本人にとって体格の差から100年は勝てないと悟ってしまう。一方四三は逆に世界記録保持者として大きなプレッシャーを受ける事になる。そんな中で弥彦の出場種目は終了しいよいよ四三の出番となるシーンがメインだった。

ストーリー

1960年東京オリンピックを控える田畑政治は開会式を研究すべく、ストックホルムオリンピックの記録映像に見入る。時は1912年7月のストックホルムオリンピック開会式。「NIPPON」のプラカードを持ち、四三と弥彦が日本初のオリンピック選手として入場。そして競技が始まる。大森兵蔵に緊張を解された弥彦は100メートル短距離走で好タイムでゴールするも順位は惨敗し、200メートルも惨敗に終わる。プレッシャーと戦い続けた弥彦だったが、晴れやかに最後の400メートルの走りへと向かう!

以上NHK大河ドラマいだてん 〜東京オリムピック噺(ばなし)〜HPより


今回は四三が呼び方を日本と拘った事で大揉めになる。当時の四三はあまりにも井の中の蛙だった訳だけれど、それでも四三の意向を尊重しNIPPONとして初めて出場した。今はJAPANに統一されていますが、世界では様々な呼び方がある訳で国によってさまざまな呼び方があるという事です。

そしてここから弥彦の短距離で世界との差を痛感する事になる訳ですが、初めてスポーツ競技に出場する訳でどれだけの差があるのかわからなかった訳で、その差が当時1秒という短距離ではとんでもない差だったという事だ。弥彦から96年後に400メートルリレーで銅メダルを獲得するまで短距離走でメダルを取る事はできない事を踏まえるとその差を縮めるのに約100年の月日が必要だったという事だ。

対して長距離は日本人にとって持久力ある競技という事で適正があった事は当時世界記録を出した事によって証明されている。何事も証明されてこそ意味があるという事だ。だからこの当時四三に対する期待は想像を超えたものだったと言える。しかも初めて出場するという事でいかにそのプレッシャーが大きかったのかという事だ。

次回はいよいよ四三のレースとなる。果たしてこのレースがどれだけ過酷だったのか?そのレースに注目だ。








大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編
大友良英
ビクターエンタテインメント
2019-03-06