27日大河ドラマ「八重の桜」第43話を視聴した。

今回は山川家に戻った捨松は日本では女性はまともな職に就けない事に

アメリカでは信じられない事だと嘆く。

そんな捨松に目を付けた陸軍中将大山巌が捨松に結婚を申し出るも、

兄浩は断固して反対する。

それを知った八重は襄の大学創設の為の手続きに同行する形で

山川家を訪れるとそこで大山巌が訪れていた。

八重はかつて大山巌を撃って負傷させた事があったが、

大山巌はその時の事は水に流した。

そして八重が話しが纏まらない中で腕相撲で決着を付けましょうと話し

大山巌と腕相撲をするが、八重はそこで負けて握手をして捨松との結婚を認めさせた。

そして大山巌と捨松は鹿鳴館で結婚式を行ったシーンがメインだった。
ストーリー

襄は八重と共に、同志社大学の設立を陳情するため東京の勝海舟のもとを訪ねた。

そして、2人はその帰りに山川家に立ち寄る。

山川家には、旧薩摩藩士の陸軍中将・大山巌が、

長期留学から帰国したばかりの山川家の末娘・捨松を嫁にほしいと日参していた。

旧薩摩藩士との結婚に怒りを抑えきれない長兄の浩と、

迷いを捨てきれない妹の捨松。

その様子を見かねた八重は一計を案じるが…。

以上NHK大河ドラマ「八重の桜」HPより


今回は捨松がアメリカからの留学から10年ぶりに帰国するも

10年の月日は彼女を大きく変え、

さらに日本の常識にアメリカなどの欧米では考えられないという事を痛感していた。

日本は女は男を産むのが役割と決め付けられており、

それが会津の成らぬものは成らぬという教えにもなっている。

しかし捨松は10年間学んできた西洋の知識を活かすべく

1度は襄の同志社女学校に就職してもらおうとするも、

その直前で捨松の事を知った大山巌が捨松を自らの後妻にと山川浩に申し出たが、

薩摩と会津の仲の悪さは想像以上に溝が深く山川浩は断固として認めようとしない。

それを知った八重は捨松の意思を確認した。

そして八重は捨松から八重はどうして襄と結婚を決めたのか?と問われ、

この人と共に歩みたいという事を告げると捨松の決意が固まり、

八重は大山巌に腕相撲で相手すると言い出し、

これまでいがみ合っていた山川浩と大山巌はいがみ合いを止めて

八重と大山巌との腕相撲の勝負に息を呑むが、

捨松が大山巌を応援する声に八重は負けを認め、

それに山川浩も捨松の気持ちを尊重して大山巌と捨松の結婚を認めたのだった。

これによって色々な障害を越えていく事になるのだけれど、

それは襄と八重にも言える事だった。

次回は襄が病に倒れながらも私立大学設立に極力していく。

果たして八重は襄の遺言をどう受け止めるのだろうか?

その遺言に注目だ。

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