10月12日公開の映画「おしん」を鑑賞した。

この映画は1983年4月から1年間放送されたNHK朝の連続ドラマおしんを

映画化した作品で幼くして年季奉公に出されたおしんが奉公先で厳しい扱いを受け、

盗みの疑いを掛けられて逃げ出した先で出逢った青年により

読み書きを覚えて成長して行く姿を描いたストーリーである。

30年の時を経て映画化される事には映画として残しておきたい気持ちがあったと思うし、

世界各国で放送され涙するあのいかだ船のシーンは時代を経ても涙する事となるだろう。
私自身幼かったけれどおしんは今でも数少ない印象に残るドラマとして覚えているものの、

それでも1番の印象的なシーンはやはりあの初めて方向に出るいかだのシーンだ。

そのシーンから幼少期のシーンがどうしても忘れられないのだが、

それ以降の成長したその後については実は私自身それほど印象に残っていない。

というよりも私の幼かった年齢では理解できなかったというべきかもしれない。

そんな名シーンが再び劇場で観れるという事であの幼少期のシーンを観た訳だけれど、

果たして今の人たちにとっておしんの時代の奉公はどう映ったのだろうか?

キャスト

谷村 しん演じる濱田ここね

谷村 ふじ演じる上戸彩

谷村 作造演じる稲垣吾郎

つね演じる岸本加世子

八代 みの演じる小林綾子

八代 清太郎演じる乃木涼介

八代 加代演じる井頭愛海

谷村 なか演じる吉村実子

俊作演じる満島真之介

松造演じるガッツ石松

八代 くに演じる泉ピン子

他多数のキャストでストーリーが進行する。

ストーリー

明治40年。山形県最上川の寒村に暮らす7歳のおしんは、

川下にある中川材木店に子守にとして一年間の年季奉公に出る。

厳しい女中頭のつねにしごかれ、食事も満足に与えられない中、

おしんは辛抱の日々を送っていた。

ある日、おしんは50銭を盗んだのではないかと疑われ、そのまま店を飛び出してしまう。

逃げる途中におしんは雪山の中で倒れるが、脱走兵の俊作が彼女を助けてくれた。

俊作はおしんに文字を教え、ハーモニカをくれるが…。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとしておしんが奉公に出た時代は丁度日露戦争後の時代だ。

当時はロシアに勝利したもののこの当時の国費は

戦争が無い時には7割が経済や農業だったが、

戦争になれば国にの8割が戦費として使われた。

そんな貧しい山形の地でおしんは貧しい農家の家に生まれ6歳にして

奉公先に出される事になった。

この時のシーンは今でも伝説となるシーンな訳だけれど、

おしんを演じた濱田ここねちゃん、母親役上戸彩さんは上手く演じていたし、

このシーンは涙する人もいる事でしょう。

その後おしんは最初の奉公先で奉公するもごはんは満足に食べれず、

休む間もなく働かされるという辛い日々を送る事になった。

最初の奉公先は確かに酷かったけれど、

これがおしんのベースになっていく最初の奉公先であり、

そしておしんもこの1年の経験が後々の人生に大きく影響したのは確かだ。

そんなおしんに盗人の疑いを掛けられ、

おしんは否定するも決めつけた奉公人はおしんを犯人と決める。

これは貧しいものは必ず盗むという先入観があったと言わざる得ないけれど、

当時はそういうのが普通の感覚だった。

当時は今のように食べるだけなら何とかなるけれど、

当時は食べる事すら難しかった訳で食べるためというのはわからないではない。

それだけ地方の農村は貧しかった。

そして濡れ衣を着せられたおしんは奉公先を飛び出し山奥で遭難するが、

そこである青年に助けられる事になった。

そしてそこでおしんはその青年から読み書きを教えてもらう事になる。

学校へも行けなかったおしんにとってその青年は先生だった。

そこで悪心は読み書きを覚えてその意味を知っていく。

しかしそこでの生活も終わりを告げておしんは再び実家に戻るが、

戻ったおしんは父親から勘当同然の扱いを受ける。

まあ気持ちはわからないではありませんが、これも時代なんですよね。

そして再び奉公に出されたおしんは次の奉公先で行き違いがあり

戻されそうになるがそこの女将が理解ある人で置いてもらえる事になり

そこで奉公する事になるがおしんはそこで同じ年頃の少女と出会い、

そしてそこでさらなる試練の時を送る事になる。

そんな最中祖母が危篤という知らせが入りおしんは実家へ戻る事になる。

果たしておしんは祖母の死に目に会えるのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど1番印象深いシーン序盤だけを描いているので

これを3部作にするとかなり無理な構成になるかもしれない。

ただ幼少期だけ描くならこの流れで良いと思うし、1番印象深いのが幼少期だからね。

この時代の奉公はある意味奴隷のような扱いに近かった訳で

それでも生きて行かなければならないという時代だった。

この時代を経たからこそ今があるという事を

私たちは噛み締めなければならないだろう。

総評として明治の終わり頃の日本はまだまだ厳しい時代だった。

その中でも生きるためには奴隷同然で奉公先へ行く事になった訳で

そうしないと生きていけない時代があった事を私たちは忘れてはならない。

涙するシーンかもしれないがこの時代にはこういう事は普通だったが、

それが普通でなくなった今はこのシーンを観てどう感じるのだろうか?

それは観た人の人生観によると思う。

苦しい時代を経たからこそ今の時代がある事を忘れてはいけないと感じました。

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