13日大河ドラマ「八重の桜」第41話を視聴した。

今回は板垣退助たちの自由民権運動が活発になる中で

京都府会は槇村が強引に増税しようとし、それに府会は反発していた。

そして覚馬はこの横暴を止めるべく覚馬は刺し違い覚悟で

新聞社を利用して論調を広げて槇村を追い込んで行った。

そして槇村は覚馬の仕掛けた策略に敗北し自らも京都知事を降りるのだった。

一方山本家ではみねが伊勢時雄から結婚を申し込まれてみねは揺れるが、

八重のうらの気持ちを代弁しみねを説得してみねは伊勢時雄と結婚し

今治へ嫁いで行ったシーンがメインだった。
ストーリー

板垣退助たちの自由民権運動が勢いを増すなか、

覚馬ら京都府議会は、新聞を使って世論を動かし、

槇村の横暴な府政に攻撃を仕掛けていた。

そんなある日、今治で伝道に励む同志社卒業生の伊勢時雄は、

かねてから心を通わせていた覚馬の娘・みねに結婚を申し込む。

母・うらのために婿をとって山本家を継がねばと思っていたみねは、

すんなりと結婚を許した覚馬に激怒。

八重は、みねを心配して言葉を掛けるが…。

以上NHK大河ドラマ「八重の桜」HPより


今回はまず覚馬は京都府会で槇村知事の横暴を止めるべく奔走していた。

この頃の政府は板垣退助の自由民権運動が活発で

後の選挙による国会の開設が求められていた。

新政府になったもののその多くは旧藩出身者による派閥政治だった訳で

ここに民衆が入り込む余地はなかった。

しかし民衆の反発は強く妥協策として10年後に国会を開設するという事で落ち着いたが、

税収問題は解決していなかった。

確かに内乱で多くの税金を投じたのが当時の政府で、

戦争をすると国家予算の8割が戦費だったという。

それ位戦争は体力が必要な訳でこれが日露戦争でも国家財政が問題になる。

一方山本家ではみねの結婚の話が話題になる。

みねはうらが山本家に行くようにと言ったのは山本家を継ぐためだと思っていた。

しかし覚馬があっさり結婚を認めた事でみねは1度激しく心が痛むが、

八重がみねの幸せのためにはこの方が良いとうらが考えていた事を伝える。

そしてみねは伊勢時雄と結婚して今治へ行くのだった。

次回は八重が故郷会津へ襄と共に里帰りする。

果たして10年以上離れた会津で八重は何を知り何を感じるのだろうか?

その会津の里帰りに注目だ。

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