9月21日公開の映画「凶悪」(R15+指定)を鑑賞した。
この映画はある死刑囚から届いた1通の手紙により
取材する事になったジャーナリストが取材を通じて
ある凶悪犯の実像を追いかけていくストーリーである。
事件の真相そのものはタイトル通り凶悪だが
この事件を通じて一体何を感じる事ができるのだろうか?
この映画はある死刑囚から届いた1通の手紙により
取材する事になったジャーナリストが取材を通じて
ある凶悪犯の実像を追いかけていくストーリーである。
事件の真相そのものはタイトル通り凶悪だが
この事件を通じて一体何を感じる事ができるのだろうか?
事件そのものは凶悪すぎるし何と言っても裏社会なので
この事件の裁きなどを語っても正直何も意味をなさない。
問題はどうしてこういう事件が起きてしまうのか?
という部分とそれにどうして加担してしまったのか?
という部分が焦点になると思う。
事件は理由があって起きるものであり、騒動的に起きる事件はそれほど多い訳じゃない。
交通事故のような突発的な事件じゃない場合は大半は衝動的に
人を刺した以外は計画的である。
その中でこの事件の起きた理由とどうして起きてしまうのか?
という部分を見て行きながらレビューしたい。
キャスト
藤井修一演じる山田孝之
須藤純次 演じるピエール瀧
木村孝雄演じるリリー・フランキー
藤井洋子演じる池脇千鶴
牛場百合枝演じる白川和子
藤井和子演じる吉村実子
五十嵐邦之演じる小林且弥
日野佳政演じる斉藤悠
佐々木賢一演じる米村亮太朗
遠野静江演じる松岡依都美
牛場悟演じるジジ・ぶぅ
芝川理恵演じる村岡希美
森田幸司演じる外波山文明
牛場利明演じる廣末哲万
福森孝演じる九十九一
牛場恵美子演じる原扶貴子
他多数のキャストでストーリーが進行する。
ストーリー
「自分は死刑判決を受けた事件の他に、
誰にも話していない3つの殺人に関わっています」――
ある日、そんな書き出しで始まる手紙を託された、
雑誌「明潮24」のジャーナリスト藤井修一。
手紙の差出人である死刑囚・須藤に面会すべく、刑務所を訪れる。
須藤が話す内容は、みずからの余罪を告白すると同時に、
仲間内では先生と呼ばれていた全ての事件の首謀者で
ある男の罪を告発する衝撃的なものだった。
編集長からは「断れ」と言われたものの、
それを無視して藤井は事件にのめりこんでいく……。
結末は劇場で観てほしいけれど、
今回のレビューとしてジャーナリスト藤井修一はスクープを追う雑誌記者だ。
家庭は妻に痴ほう症の母を任せっ切りにして仕事ばっかりに打ち込んでいる。
この展開は一体何を言いたいのかはラストでわかっていく訳だけれど、
事件の経緯から入ると修一の元に一通の手紙が届くところから事件が始まる。
それは死刑囚の須藤という男からもののだった。
須藤はある事件で死刑を言い渡されて現在最高裁の上告中だった。
その死刑囚須藤からある事件の事を記事にしてほしいと面会で頼まれたのだった。
その事件とは3つの事件だったが、その3つとも須藤が関わった事件であり、
その事件により当然死者も出ている。
1つ目の事件はある土地の所有者の殺害事件・・・
ある土地を手に入れるために須藤が先生と名乗る男からその男性を殺害してしまうのだが、
その証拠は全くと言って良いほど見つからないが証言は一致している。
2つ目の事件はある男性を殺して焼却して証拠隠滅を殺害事件・・・
こちらも証拠隠滅が図られており全く見つからないが
その土地が先生の土地である事だけは突き止める。
そして3つ目の事件はある老人の保険金殺人事件だ。
その事件全貌は老人に酒を飲ませてアルコール中毒しさせたというものだった。
この事件についてはまだ証言できる人物が残っており唯一立件可能な事件でもあった。
修一はその事件を追いかけていく事になるのだが、
果たして修一が辿り着く事件の真相と現実とは?
結末は劇場で観てほしいけれど凶悪度を問うよりも
ここでどうして修一の家族と事件がリンクするのか?
という部分なのだが今回殺された被害者は全て老人であり、
家族の中には介護に疲弊して借金を背負っている人たちもいるという事だ。
修一の家族にも和子という痴ほう症の母を自宅で介護していた。
それを全て妻の洋子に任せっきりにしてしまっている事で
夫婦間の問題にも繋がって行く訳だけれど、
この事件はそういうこれ以上限界の家族を狙った
いわゆる疲弊した家庭の救済的な介護疲れの現実もリンクさせている事件なのだ。
これは誰にでも起きえる事件とも言える訳でもあるのだが、
自分の手に掛けられない人に対して先生が
その心の隙間に付け込み代わりに保険金の報酬や土地の報酬と引き換えに
殺害を企てているのだ。
ただ人殺しなので当然共謀した人たちすべて同罪となる訳でもあるのだが、
でも借金を背負っている人たちにとっては先生はある意味救世主にも
感じる存在になった訳でありお願いした人を責めれるか?
と問われると実に難しいところだ。
今の日本はとにかく寿命が80歳を超えた事によりこういう介護が深刻な問題になっている。
中には10年以上介護した人もいる訳であり、
長生きする事が良い事とは感じなくなっている部分もある。
老人の介護ってとにかく難しい。
小さな子供と違って下手に物わかりが悪いので家族でないと
接し続ける事が難しいのも理解できる。
うちも長年介護してきた祖母がいたので介護する大変さを見てきた。
晩年は痴ほう症も患ってしまった事で色々苦労したものだ。
それを実の子でない妻に任せっきりする修一は事件を追いかけた事によって
妻がこの記事を読んだ時この事件が他人事でない事を感じる。
関わっている人にとっては実に深刻な事態だという事だ。
まして借金を老人が背負ったものだったら余計
これ以上生きている意味は何なのか?というのは理解できる。
ちなみに借金も遺産相続の内なので保険金で払い切れない借金は親族間で分配される。
その事件を凶悪と断定するのは事件としては間違っていない。
しかしこの家族にとって先生は一家を救った救世主だった事は否定できない事実であり、
最後の先生の一言がこの事件が単純でない事を裏付ける言葉になった。
総評として先生のやった事は問答無用断罪しなければならず死刑執行すべき事件だ。
ただ忘れてはならないのはその事件が起きた経緯を確り考慮しなければならない
という事も付け加えた上でそう言わなければならない。
人は疲弊した中では心に隙が生まれてしまう。
それが例え悪い事だったとしてもそれに加担してしまう事がある。
何時自分がそういう状況にならんとも限らない。
この作品はそういう心の隙に対する警告と受け止めるべきなのだろう。

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この事件の裁きなどを語っても正直何も意味をなさない。
問題はどうしてこういう事件が起きてしまうのか?
という部分とそれにどうして加担してしまったのか?
という部分が焦点になると思う。
事件は理由があって起きるものであり、騒動的に起きる事件はそれほど多い訳じゃない。
交通事故のような突発的な事件じゃない場合は大半は衝動的に
人を刺した以外は計画的である。
その中でこの事件の起きた理由とどうして起きてしまうのか?
という部分を見て行きながらレビューしたい。
キャスト
藤井修一演じる山田孝之
須藤純次 演じるピエール瀧
木村孝雄演じるリリー・フランキー
藤井洋子演じる池脇千鶴
牛場百合枝演じる白川和子
藤井和子演じる吉村実子
五十嵐邦之演じる小林且弥
日野佳政演じる斉藤悠
佐々木賢一演じる米村亮太朗
遠野静江演じる松岡依都美
牛場悟演じるジジ・ぶぅ
芝川理恵演じる村岡希美
森田幸司演じる外波山文明
牛場利明演じる廣末哲万
福森孝演じる九十九一
牛場恵美子演じる原扶貴子
他多数のキャストでストーリーが進行する。
ストーリー
「自分は死刑判決を受けた事件の他に、
誰にも話していない3つの殺人に関わっています」――
ある日、そんな書き出しで始まる手紙を託された、
雑誌「明潮24」のジャーナリスト藤井修一。
手紙の差出人である死刑囚・須藤に面会すべく、刑務所を訪れる。
須藤が話す内容は、みずからの余罪を告白すると同時に、
仲間内では先生と呼ばれていた全ての事件の首謀者で
ある男の罪を告発する衝撃的なものだった。
編集長からは「断れ」と言われたものの、
それを無視して藤井は事件にのめりこんでいく……。
結末は劇場で観てほしいけれど、
今回のレビューとしてジャーナリスト藤井修一はスクープを追う雑誌記者だ。
家庭は妻に痴ほう症の母を任せっ切りにして仕事ばっかりに打ち込んでいる。
この展開は一体何を言いたいのかはラストでわかっていく訳だけれど、
事件の経緯から入ると修一の元に一通の手紙が届くところから事件が始まる。
それは死刑囚の須藤という男からもののだった。
須藤はある事件で死刑を言い渡されて現在最高裁の上告中だった。
その死刑囚須藤からある事件の事を記事にしてほしいと面会で頼まれたのだった。
その事件とは3つの事件だったが、その3つとも須藤が関わった事件であり、
その事件により当然死者も出ている。
1つ目の事件はある土地の所有者の殺害事件・・・
ある土地を手に入れるために須藤が先生と名乗る男からその男性を殺害してしまうのだが、
その証拠は全くと言って良いほど見つからないが証言は一致している。
2つ目の事件はある男性を殺して焼却して証拠隠滅を殺害事件・・・
こちらも証拠隠滅が図られており全く見つからないが
その土地が先生の土地である事だけは突き止める。
そして3つ目の事件はある老人の保険金殺人事件だ。
その事件全貌は老人に酒を飲ませてアルコール中毒しさせたというものだった。
この事件についてはまだ証言できる人物が残っており唯一立件可能な事件でもあった。
修一はその事件を追いかけていく事になるのだが、
果たして修一が辿り着く事件の真相と現実とは?
結末は劇場で観てほしいけれど凶悪度を問うよりも
ここでどうして修一の家族と事件がリンクするのか?
という部分なのだが今回殺された被害者は全て老人であり、
家族の中には介護に疲弊して借金を背負っている人たちもいるという事だ。
修一の家族にも和子という痴ほう症の母を自宅で介護していた。
それを全て妻の洋子に任せっきりにしてしまっている事で
夫婦間の問題にも繋がって行く訳だけれど、
この事件はそういうこれ以上限界の家族を狙った
いわゆる疲弊した家庭の救済的な介護疲れの現実もリンクさせている事件なのだ。
これは誰にでも起きえる事件とも言える訳でもあるのだが、
自分の手に掛けられない人に対して先生が
その心の隙間に付け込み代わりに保険金の報酬や土地の報酬と引き換えに
殺害を企てているのだ。
ただ人殺しなので当然共謀した人たちすべて同罪となる訳でもあるのだが、
でも借金を背負っている人たちにとっては先生はある意味救世主にも
感じる存在になった訳でありお願いした人を責めれるか?
と問われると実に難しいところだ。
今の日本はとにかく寿命が80歳を超えた事によりこういう介護が深刻な問題になっている。
中には10年以上介護した人もいる訳であり、
長生きする事が良い事とは感じなくなっている部分もある。
老人の介護ってとにかく難しい。
小さな子供と違って下手に物わかりが悪いので家族でないと
接し続ける事が難しいのも理解できる。
うちも長年介護してきた祖母がいたので介護する大変さを見てきた。
晩年は痴ほう症も患ってしまった事で色々苦労したものだ。
それを実の子でない妻に任せっきりする修一は事件を追いかけた事によって
妻がこの記事を読んだ時この事件が他人事でない事を感じる。
関わっている人にとっては実に深刻な事態だという事だ。
まして借金を老人が背負ったものだったら余計
これ以上生きている意味は何なのか?というのは理解できる。
ちなみに借金も遺産相続の内なので保険金で払い切れない借金は親族間で分配される。
その事件を凶悪と断定するのは事件としては間違っていない。
しかしこの家族にとって先生は一家を救った救世主だった事は否定できない事実であり、
最後の先生の一言がこの事件が単純でない事を裏付ける言葉になった。
総評として先生のやった事は問答無用断罪しなければならず死刑執行すべき事件だ。
ただ忘れてはならないのはその事件が起きた経緯を確り考慮しなければならない
という事も付け加えた上でそう言わなければならない。
人は疲弊した中では心に隙が生まれてしまう。
それが例え悪い事だったとしてもそれに加担してしまう事がある。
何時自分がそういう状況にならんとも限らない。
この作品はそういう心の隙に対する警告と受け止めるべきなのだろう。


