22日大河ドラマ「八重の桜」第38話を視聴した。

今回は西郷は士族たちの不平を止める事ができず挙兵し西南戦争が勃発する。

それを止めるために西郷の従兄弟である大山巌が

佐川官兵衛や藤田五郎らを率いて激戦地となった田原坂で激突する。

そこで佐川官兵衛が先陣を切って突破口を開くも銃弾に倒れて命を落とした。

しかし佐川の突破で西郷軍を打ち破った政府軍は

その後西郷軍を追い詰めて薩摩の城山で西郷を自害に追い込んで西南戦争は完結した。

士族たちの不満を全て受け入れた西郷に覚馬は

この道しかなかったのか嘆くシーンがメインだった。
ストーリー

1877(明治10)年2月、八重は襄と共に、

新築された同志社英学校の校舎で備品の準備に追われていた。

そのころ鹿児島では、西郷隆盛が配下の不平士族らの決起を止められずに挙兵。

「西南戦争」の幕が切って落とされる。

政府軍に仕官した山川浩や、警視庁の佐川官兵衛や藤田五郎も参戦。

激戦地・田原坂で進退窮まった政府軍の大山巌は、

官兵衛と藤田を抜刀隊に選抜し、従兄弟である西郷に戦いを挑む。

以上NHK大河ドラマ「八重の桜」HPより


今回はこれまで行き場を無くした士族たちの不満の全てが西郷の元に集まり、

士族の不満を止める事ができなくなった西郷は挙兵せざる得なかった。

この時代はまだ日本が朝鮮や中国と戦争できるほどの力がなく、

その実績もない時代でありそんな中でまだ国内をまとめ切れなかった。

そんな中で西南戦争が起きた訳だけれど、

これが最後の国内戦争となる訳だが確かに行き場を失った

武士たち士族が行き場を求めて西郷の元へ集ったのはある意味自然の流れだったが、

西郷はこの戦いで全ての膿を出し切ろうとしていた。

そして西郷は不満が爆発してその不満を開放する事で

この不満を解消するしかないと考えていた。

それは政府軍も同じで、木戸、大久保もとことんやるしないと考えていた。

それを止められなかった事に覚馬や八重は繰り返さなければならないのか?

という思いが残ったが覚馬と八重は

それを京都からの新聞でしか知ることができなかった。

そして西南戦争最大の激戦地となった田原坂では

佐川官兵衛が先陣を切って自らの命と引き換えに突破して政府軍を勝利に導いた。

佐川官兵衛にとって死場は戦場だったという事だろうけれど、

佐川官兵衛らしい最期だった。

そして西郷もまた城山まで追い詰められついに自害してこの戦争を終結させた。

これにより国内戦争最後の戦いが終わったのだった。

そして八重たちには新たに西郷の残した薩摩藩邸跡で新たなる風が吹こうとしていた。

次回は八重は女性たちにも男と同じ教育が受けたいと願い出てきた事で

新たなる改革を迫られる。

果たして八重はどんな決断を下すのか?

その決断に注目だ。

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