9月7日新潟で先行公開された「飛べ!ダコタ」を鑑賞した。

この映画は1946年1月14日の戦後間もない新潟県の佐渡に不時着した

イギリス軍機のダコタを佐渡の島民とイギリス軍の軍人と共同で

再びダコタが飛び立つまでの実話のストーリーである。

戦後間もない日本で半年前まで敵国だった外国人との交流で

戦争は国と国との争いであり人と人との争いではない事を知り、

国境を越えた友情が育まれていく姿に

戦争を憎んでも人を憎まずという精神を知ることになるだろう。
本当は先週の日曜日に鑑賞予定だったんだけれど

まさかの2劇場満員という事態に止む無く今日まで延期しての鑑賞でした。

地元新潟佐渡でのオールロケという事で足かけ2年という製作期間の中で

実際にベトナム戦争時に使用されたダコタと同じ機体を

佐渡に運び込んでの撮影という本格的なものになった。

戦後間もない佐渡でこういう交流や出来事があった事を

私も数年前に制作される時に知った訳ですけれど、

その時の軍人の息子が訪れた事でこの事実があった事を

後世に残せるようにと制作に至ったという事なんだけれど、

65年以上経てもその時の恩に感謝する気持ちは

世代を超えて受け継がれていた事を知ることになるし、

東京五輪の決めてとなったおもてなしという精神をこの作品からも観る事ができる。

戦争時は敵同士だった日本とイギリスも戦争が終われば

人と人の交流が生まれるという戦争の痛みを知るからこそ

戦争は悲惨でしかない事を知る作品でもある。

戦後間もない佐渡においてダコタと佐渡島民との交流の出来事をレビューしたい。

キャスト

森本千代子演じる比嘉愛未

木村健一演じる窪田正孝

村上敏江演じる洞口依子

木村とよ演じる中村久美

篠田和子演じる芳本美代子

浜中幸三演じる螢雪次朗

高橋源治演じるベンガル

森本新太郎演じる柄本明

他多数のキャストでストーリーが進行する。

ストーリー

昭和21年(1946年)1月14日——

終戦から、わずか5ヶ月後のその日、鉛色の空を切り裂いて、

一機の飛行機が佐渡島にある高千村の海岸に不時着した。

それは、イギリス空軍の要人機《ダコタ》であった。

真っ先に駆けつけたのは、海を見渡せる丘の上から、

その光景を目にしていた森本千代子だった。

イギリス空軍のパイロットたちは、

上海の英国総領事を東京まで送る途中で悪天候に見舞われ、

やむなく不時着したのだという。

砂に埋もれたダコタを掘り起こすまでは、ここに止まらざるを得なくなったのだ。

つい半年前まで敵国であり、その戦争で家族を失った者や、

帰らぬ息子を待つ者など、さまざまな想いを胸に抱く島民たち。

しかし、千代子の父親で村長の新太郎は考えあぐねた末に、

「困った者を助けるのが、佐渡ん人間(さどんもん)」という、

この土地に根付く精神に従って、《ダコタ》が飛び立つまでの間、

イギリス兵たちを自分が営む旅館に迎えることにした。

はじめは警戒していたイギリス人たちも、

千代子をはじめとした島民たちの温かいもてなしに、次第に打ち解けていく。

一方、千代子の幼なじみの木村健一は、

兵学校での事故がもとで出征することなく村に戻ったまま終戦を迎えていた。

英語の通訳をという千代子の頼みも無下に断り、一人殻に閉じこもっていく。

島民たちと英兵たちが力を合わせダコタを

再び空に舞いあがせるための滑走路づくりに励む中、

親友の義春の戦死報告を受け取った健一は、《ダコタ》が義春の死んだビルマ戦線で、

イギリスの将軍専用機だったこと知る。

健一の中で、暗い憎悪の炎が燃えたぎる。

そしてある夜、健一は遺書めいた書置きを残し一人《ダコタ》がある海岸へと向かい・・・。

以上飛べ!ダコタ公式HPより


結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとして戦後半年しか経たない新潟県佐渡で

イギリス軍機のダコタが不時着した。

戦後わずか5か月しか戦い事もあり島民は再び戦争の恐怖に駆られる人もおり

動揺する人も多かった。

その中で村長森本新太郎は連合軍の外国人を受け入れる事を告げ、

島民皆が受け入れるようにと通達する。

当時は通訳できる人は少なく意志疎通を当初は伝える事も難しかったが、

次第にダコタの搭乗員のイギリス人と佐渡島民との距離は縮まっていく。

その中で村長の娘である千代子は積極的に接しようとする。

千代子には戦場に行けなかった木村健一の事を想っていたが、

健一は戦場へ行けなかった事、お国のために死ねなかった事を悔やんでいた。

戦前の日本はお国のために死ぬことを教えられただけに

それを全部捨て去って生きる事はまだ半年では容易な事ではなかった。

佐渡は大きな被害こそなかったけれど戦時中は

数多くの戦争の残骸が流れ着いたという事だ。

無理もないが日本海側で戦争をやっていれば当然その残骸が流れてくるのは普通だ。

それが佐渡の人たちにとって感じた戦争の現実でもある。

そして佐渡は江戸時代以前は島流しの流罪に処される島でもあった。

故に傷ものを持った者が多い島でもあった訳だけれど、

その島だからこそイギリス人を受け入れるだけの気持ちに傾かせたとも言える。

イギリス人にとっても佐渡は未知の島だったはずだから当初は色々警戒したと思う。

しかしそれも次第に交流を深めていく事によって

お互いの気持ちが解り合えるようになっていく。

そしてここから1番大変だったのは再びダコタが飛び立つまでだった。

当時は飛行場が佐渡にはない時代だった訳で

そこにどうやって滑走路を作るかが問題だったが

イギリス人の提案により石を敷いてそこを滑走路にするという佐渡島民が

これまで経験した事のない事を行動に移す。

最初は戸惑っていた島民もいたが次第に島民総出で滑走路を作っていく。

その中でイギリス人と日本人の交流が育まれて行ったが

そんな中である出来事が起きてしまう。

その出来事でダコタは飛び立てなくなるかもしれないと知った

千代子は必死でその出来事を止めようとする。

果たしてその出来事とは?

そしてダコタは再び飛ぶ事ができるのか?

結末は劇場で観てほしいけれど、

交流し合えば解り合えるという事を教えてくれた出来事でもあるし、

半年前まで敵国だった相手でも敵味方関係なく

困った人を助けるという精神とおもてなしは日本人の良い部分であるし、

それだからこそ今では戦争をしたアメリカとも

二度と戦争をしない事を忘れないと友好関係を築いている。

この時代も戦後間もない中で困った人を助けるという日本人の良い所を実によく描いているし、

戦後間もないからこそその中で相手を憎んでしまう事も確り描かれている。

その中で相手を憎んでも何もならないという事を体験しているからこそ接する事ができ、

伝える事ができる事も確り描いている。

確かに誰かが亡くなって悲しむ人も怪我して生きて戻ってくる人もいた。

でもそれは全て戦争によっての悲劇でありそれは戦争を起こしたという認識を持つ事によって

こんな悲劇を繰り返してはならないという事を言い聞かせている。

この認識を受継いでいく事こそ今の日本人には必要であり、

困った人がいたら助けおもてなしするという姿勢を

前面に出して世界に通用する日本人でありたいものです。

総評として戦争から間もない時代に相手を憎まず純粋に困った人を助け、

困った人をおもてなす精神が戦後間もない時代の出来事で

あったという事は本当に素晴らしい事だし、

それが64年の月日を経てその感謝を息子を経て伝えられたという事は

その時の恩は世代を経ても忘れないという事を教えてくれた。

千代子の実在のモデルの方も存命しており、

生きている間にこの出来事を伝えられた事は

当時を知る人にとって感無量の事だと思いますし、

この出来事はこれからも受け継がれていってほしいと思います。

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