8月24日公開の映画「ガッチャマン」を鑑賞した。

この映画は1972年〜1974年に放送された

科学忍者隊ガッチャマンの実写版で

謎の侵略者にわずか17日間で世界の半分を壊滅状態に追い込まれた人類は

最後の望みとして不思議な石の適合者を集めて

世界から集められた適合者を兵器として養成して

ガッチャマンとして謎の侵略者と戦うストーリーである。

ガッチャマンを知る世代となると今の40代以上になるのだろうけれど、

知らない世代から観るとストーリーの内容もそうだけれど

どういう視点で観て良いのか少し困惑するかもしれない。
私の場合はタイムボカンシリーズの方が印象深いだけに

どうしてもガッチャマンはタイトルこそ知っているけれど

そういえばストーリーってどんな内容だったのか?というのを実は良く知らなかったりする。

無理もないがガッチャマンがアニメとして放送されたのが今から40年前だ。

今リメークされた宇宙戦艦ヤマトよりも前の作品なのだ。

宇宙戦艦ヤマトはストーリーがハッキリした意図があるので

1度ストーリーを読めば理解できるんだけれど、

ガッチャマンは改めてストーリーを読んでもすんなり理解するのが難しかったりする。

故に私の場合はどうしてもアニメのガッチャマンのイメージが

あまりない中で鑑賞する事になったんだけれど、

私の世代でそうなのだが私より下の世代だとガッチャマンを

良く知る人はかなり限られるかもしれない。

そのアニメのストーリーを大幅に設定変更しているのだから当然別物になるだろう。

それを考慮して謎の侵略者に支配された世界を取り戻すために

戦うガッチャマンの戦いをレビューしていきたい。

キャスト

鷲尾健演じる松坂桃李

ジョージ浅倉演じる綾野剛

大月ジュン演じる剛力彩芽

大月甚平演じる濱田龍臣

中西竜演じる鈴木亮平

南部博士演じる岸谷五朗

カークランド博士演じる光石研

ナオミ演じる 初音映莉子

イリヤ演じる中村獅童

ストーリー

21世紀の初め、謎の侵略者によって、わずか17日間で地球の半分は壊滅状態に陥った。

絶滅を回避するため、人類は最後の望みをあるモノにかけた。

それは“石”と呼ばれる不思議な結晶体。“石”の力を引き出せる“適合者”は800万人に1人。

人類は“適合者”を探し集め、施設に収容し、特殊エージェントとして訓練を強制した。

侵略者を殲滅するための、究極の兵器にするために……。

現代に蘇った“石”を操りし忍者、その名は“ガッチャマン”。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとして2010年代に謎の侵略者により

わずか17日間で世界の半数が謎の侵略者の支配下に置かれた世界で

残る半数の世界が世界奪還を目指すために結成されたのが

ガッチャマンと呼ばれる唯一謎の侵略者に対抗できる選ばれし人間の適合者だった。

この適合者800万人に1人と言われる人物でその数は限られている。

故に世界各地から集められた訳だが人間にとって兵器としてしか扱われない存在だった。

謎の侵略者をギャラクターと呼び普通の兵器では倒す事すらできない相手だった。

わずか17日間で世界の半数を支配した訳だから

後17日あれば世界を征服できただろうにと思うのだが、どういう訳かそれをしなかった。

普通の兵器が通用しないと知っているなら何故こんな半殺しみたいな事をしたのか

いささか疑問ではある。

だって本気を出せば支配できる訳ですからね。

ギャラクターに支配された国ではギャラクターの奴隷として人間が働かされているという。

そんな中でギャラクターの次の標的は日本だった。

そこでいよいよガッチャマンの登場になる訳だが

どうしても個性派揃いというのはあるのであまり意味を成さない事も話している。

まあそこはアニメとは少し違うかもしれないが

唯一対抗できる存在という事でその適合者の力は人間離れしている。

最初の戦いではボス的3人と戦うがこの時には決着がつかない。

そして次にガッチャマンの5人が命じられたのはギャラクターの亡命者の保護だった。

そもそもギャラクターの亡命者という時点で果たしてどうなの?という感じだ。

だって相手は17日間で世界の半数を征服した相手ですよ。

その相手を保護するというのは果たしてどうなのでしょうね?

という事で案の定そこでギャラクターの大ボスが現れる訳ですが、

そこで人間側が最後の兵器として開発していた

ある最終兵器を簡単にギャラクターに乗っ取られてしまう訳です。

普通に考えればこれだけあっけなく乗っ取られてしまうとは

コンピューターをハッキングするハッカーでもここまで間抜けじゃありません。

そしてガッチャマンの5人はその最終兵器を止めるべく

ギャラクターのボスがいる要塞に突撃するのだった。

果たしてガッチャマンは世界を救う事ができるのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、

あまりにも最終兵器があっけなく乗っ取られる時点で

単純すぎる訳でもあるんですけれどギャラクターがどうして誕生したのか?

そして適合者であるガッチャマンがどうして誕生したのか

という描かれ方はしているのでその理由はわかるのですがそこまで大差はない訳であり、

そこまで人間離れした能力がある事そのものがどうしてなのかがいまいち解らない部分もあるし、

正直ギャラクターとガッチャマンの適合者は同一な訳であり、

それが正義なのか?悪なのか?

という部分については自由なのか?支配される管理なのか?

という以外にはない状況である。

それを考えると自由なのか?管理なのか?というのではなく

単純に善か?悪か?とした方が解り易かったのではないか?

総評として原作があったりアニメが先にある作品については

その原作を損なわずに制作できるかがカギを握る。

ヤッターマンでは損なわずに制作できた事を踏まえると

ガッチャマンが損なわずに制作できたのか?

というジャッジはガッチャマンを良く知らない私には判別できない。

何事もそうだけれど原作を知って観る人とそうでない人では見方が違うのは当然だ。

その中で例え原作とは設定が異なっても納得できる内容であれば

私は原作通りでなくても良いと思う。

逆に原作とは違うから良かったというケースも時にはある訳で

原作通りである必要性は無い。

ただこのストーリーの流れから考えると少しギャグで描くには難しいのも事実で、

白黒はっきりさせた描き方の方が良かったのでないかと思う。

原作や熱狂的な人気だったアニメの実写化が難しいのは

十分理解するけれど知る知らない以上に納得できるかできないか

というのが非常に重要だという事を感じる作品ではあった。

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ガッチャマン (角川文庫)
渡辺 雄介
角川書店
2013-08-24