3月23日公開の映画「だいじょうぶ3組」を鑑賞した。

この映画は乙武洋匡氏が2007年から2010年までの3年間務めた

小学校教諭生活の体験談を小説にした「だいじょうぶ3組」を映画化した作品で

赴任した小学校で繰り広げられる1年間に渡る教師生活を綴ったストーリーである。

この役をやる上で乙武洋匡氏自身が自ら本人役を演じる事でよりリアルに感じられるし、

実際に行った授業をリアルに感じる事ができるだろう。
この映画を実現するにはやはり乙武洋匡氏以外に

有り得ないと言わせるほどの作品であるだけに主演こそ国分太一だが、

事実上乙武洋匡氏主演と捉えて良い作品だ。

確かにドキュメンタリーになってしまっても不思議じゃないだけに

実際に原作者本人が演じる事そのものが

実に珍しい事なのだが乙武洋匡氏は手足がない

という該当者そのものがいないだけに本人以外に考えられない作品ではあった。

実体験を元にした作品なので実際に乙武洋匡氏本人が行った

授業を映画で再現するという作品でもあるのだが、

子供たちにとっては乙武洋匡氏の授業を受けられた事で

人生観が変わる事業だった事は間違いない。

乙武洋匡氏が実際に行った授業とは一体授業なのだろうか?

キャスト

白石 優作演じる 国分太一

赤尾 慎之介演じる乙武洋匡

坂本 美由紀演じる榮倉奈々

紺野 鷹志演じる三宅弘城

青柳 秀子演じる安藤玉恵

灰谷 慎一演じる田口トモロヲ

黒木 智恵子演じる余貴美子

ストーリー

東京郊外の松浦西小学校5年3組に、手と足がない赤尾先生がやってきた。

補助教員を伴っての授業に、子供たちは戸惑いが隠せない。

しかし、手と足がなくても、字を書くことも食べることも、

サッカーボールと一緒に走り回ることも、何でも出来る赤尾先生に、

子供たちは驚き、次第に心を開いていく。

だが、その先生にも出来ないことがあった。

秋の遠足の登山に、赤尾先生が参加しないと告げられた5年3組は、あることを決行する。

結末は劇場でみてほしいけれど、

今回のレビューとして乙武洋匡氏が3年間赴任した小学校のエピソードを綴った作品なので

どうしても本人の行動と授業について観る事になるんだけれど、

まずどうしても手足がない赤尾をサポートするのに

どうしても白石が補助として付く事になる。

この小学校にはエレベーターがあるので2回でも授業ができるんだけれど、

初日から遅刻をしてさらに課外授業についてクレームを付けられる。

まあ確かに1つのクラスが外で授業をすると

他もそうしたいと思うクラスがあっても不思議じゃない。

そんな中で最初に出会った生徒たちは当初赤尾の事を快く思わない。

むしろ好奇の目で見るのだった。

確かに子供たちにとって赤尾が手足のない中でどうやって食事を食べたり、

授業を行うのか?という不思議さがあるだろう。

実際に乙武氏が車いす以外では字を書く時には左の顎と腕を利用して字を書くし、

食事も似た要領で食べる。

他人から見ればこういう行動そのものがある意味不思議に映るものだ。

実際に本人にとってはこういう行動は普通でも私たちから

見れば普通じゃないと感じるだろう。

そんな中で赤尾は少しずつクラスの子供たちに溶け込もうと

6月の運動会で5年生の14レースで全て1位になったら

坊主になると約束する。

それによってクラスは少しずつだけれど一体感を持つようになってきた。

練習も真剣に取り組むようになる。

何かを目標とすることでやる気を持てる事があるんだけれど、

物事は目標が大事だという事をこのシーンでは教えている。

そしていざ運動会のレースになったら14レース中13レースで1位になった。

最後のレースで残念ながら1位にはなれなかったけれど、

それでも総合すれば1位になっている訳で努力した先に

成長があるという事をこの授業では赤尾が教えている。

この年代はとにかく結果が重要ではなく、

努力した結果成長する事が重要なのだ。

大人になるとどうしても結果ばかり求められるが、

最初から結果が出るほど世の中甘いものではなく

結果を出すためには努力して成長しなければならない。

特に最近の学校教育はとにかく結果ばかり追い求めている事が

少なくないだけに社会に出るまでは努力して成長する事が重要だと赤尾は授業で説いている。

そして夏休みが終わるとある生徒が不登校になってしまう。

その理由を知るために赤尾は白石と共に家庭訪問するが

そこで赤尾は姉の行動について説明を受けて

それをヒントに赤尾はその生徒に道徳の授業で出てきてほしいと手紙に託す。

しかし字の上手さには字の下手な私には驚かされてしまいます。

そしてその授業で赤尾自身が普通ってなんだ?

という質問に生徒たちがそれぞれの意見をぶつける。

確かに赤尾は手足が無い事で普通とは違う。

しかし何が普通で何が普通でないかは人それぞれでもある。

赤尾自身は手足が無い生活は普通に思っていても

他人から見れば普通じゃない。

これは考え方もそうであり、その人にとっても普通は他に人にとって普通じゃない。

常識と普通はまた違った事であり、

この問いかけがのちのちこの生徒に対する1つの答えとキッカケを与える。

そして秋に生徒たちの遠足に赤尾は登山という事で不参加が決まった。

それを知った生徒たちは赤尾に参加してほしいと

保護者署名入りの嘆願書を校長に提出する。

1つのクラスの生徒たちの意向だけは変更できないと話す教頭だったが、

校長ができる限り努力しましょうと赤尾が行けるところまで行こうという事を生徒たちに告げた。

ただこの件については正直1つ間違えば赤尾自身が怪我をする

可能性もある訳で本来なら好ましい行動ではない。

ただできる限りできるところまでやろうという生徒たちの意思は尊重すべきだとは思う。

そして3学期の授業で赤尾は

私は「」ですが「」です。

という問題を出した。

要するに私はこれは悪いけれど、これは誰にも負けません。

という設問なのだが、自分の欠点を書いて自分の長所を書く事って私は案外できないものだ。

悪いって言い出したら悪い事ばかり思い浮かんでしまうし、何が良いのか?

と問われてしまうとこれという決定的な事もない。

強いて言えばプレーは下手だけれど評論する事は他よりは自信がありますという位だろうか。

最も野球やサッカーを知らない人から見ればの話ですけれどね。

プロから見れば大したことないと思われますからね。

ここで以前不登校になった生徒が自分の姉の事で

どうしたら良いのかわからなくなった事を告白する。

そしてその事で衝動的に靴を隠したと証言したのだった。

以前の靴紛失事件であえて犯人捜しをしなかった

赤尾はこの時の言葉を待っていたのだった。

みんな違っていいという言葉が生徒たちに変化をもたらしたのだった。

結末は劇場で観てほしいけれど、

赤尾の授業は子供たちにとってみんな違って良いんだよという事を解いた授業だった。

みんな一緒というのは何を基準にしてそうなのか?という部分もあるんだけれど、

社会に出る上で他と同じ人って正直必要とされない事が少なくない。

むしろ人と違っていた方が良い事の方が多かったりする。

これはそれぞれの得意な事でできる事が違ってくるからだ。

日本の教育は悪い所ばかり直そうとする風習があるが、

それが時として良いところまで消してしまうケースがある。

だから赤尾が3学期に出した設問は子供たちにとって実に良い設問だと思う。

何が欠点でもそれを補える長所があるという教え方の方が子供は伸びる。

それも自身が他と違うからこそ導けた答えなのだと思う。

総評として普通と違うからこそ見える視点があるし見える考え方がある。

生徒たちも普通って何だろう?と疑問に思った事を

赤尾は授業でみんな違っていいと生徒たちに伝えた。

普通は人それぞれだ。

しかしそれが自分にとって普通でも他人にとって普通じゃない。

そしてそれはそれぞれの個性なのだと赤尾は教えた。

みんな違うからこそそれぞれの存在の意味がある。

だからこそできる事がそれぞれ違ってくる訳で

そのできる事を見つけられた時生徒たちは赤尾の授業の意味を本当に知るのだと思います。

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