25日大河ドラマ「平清盛」第12話を視聴した。

今回は鳥羽法皇への不信で次第に僧侶たちが武装し京を混乱させていた。

それを抑えるのは平氏の力によるところが大きく次第に平家の力は大きくなっていた。

そんな中清盛は明子を失ったショックは大きく立ち直れないでいた。

そんな中で明子の親友時子が頻繁に訪れるようになり息子たちの世話をしていたが、

清盛はなかなか受け入れられない。

その頃宮中では璋子の容態が急変し、鳥羽法皇が水仙の花を探せと命じられ、

それを持ってきたのは東国で力をつけていた義朝だった。

義朝は清盛に強いのは源氏だと言い放った。

義朝はその後由良姫を妻にし、

清盛は時子に俺の妻になれと告げて時子は清盛に抱き着いたシーンがメインだった。
ストーリー

京では、朝廷に不満を持った僧侶たちが、武装をして神輿(しんよ・みこし)を担いで

訴える強訴(ごうそ)がますます盛んになっていた。

平氏一門は武力と財力で僧兵らを退け、鳥羽院の期待に応え続けても、

忠盛が公卿(くぎょう)に出世することは許されなかった。

ある日、清盛の館に僧衣の高階通憲が訪ねてきた。

能力がありながらも出世できない不条理な世に愛想がつきたため、

出家して信西(しんぜい)と名乗っているという。

忠盛の館では清盛の弟・平五郎が元服し、頼盛と名乗るようになった。

武士として頼盛を導けという忠盛の言葉に清盛は、

妻・明子を死なせた疫病や飢きんを止められず、

武士を相変わらず番犬扱いする朝廷への怒りをぶちまけた。

そのころ、清盛の館には明子の友人・時子が清盛の息子たちの世話をしにたびたび訪れていた。

それを知った時子の弟・時忠は清盛を訪ね、いきなり時子を後妻にするよう願いでる。

あわてて時忠をいさめる時子に向かい、清盛はもう館に来ないでくれと頼む。

明子を忘れられずにいたのだ。

しばらくした後、出家した待賢門院・璋子の元へ得子がおとずれ、

なぜ黙って出家したのかを尋ねた。

待賢門院は得子から人をいとしく思う気持ちの激しさを教わったといい、

それを持てなかったことを悔いた。

得子は待賢門院から全てを奪うことはできなかったと実感した。

1145年、待賢門院は重い病で床についた。鳥羽院は取り乱し、

待賢門院を慰めるために、季節外れの水仙を探すことを配下の武士に命じる。

清盛は反発するが、家盛に説得され、一門のために水仙を探すことを決意。

京の野山をかけまわる清盛の前に一人の精かんな武士が現れる。

東国の武者修行でたくましくなった義朝であった。

義朝はすでに水仙を手に入れ、鳥羽院に届けるところだと告げて去った。

そして、床に伏した待賢門院に鳥羽院は水仙を握らせる。

待賢門院は最後に人をいとしく思う気持ちがわかったと言うと、

泣き叫ぶ鳥羽院を残して息を引き取る。

以上NHK平清盛HPより


今回はこの頃鳥羽法皇の院政が荒れ続け、僧侶たちの反乱が頻繁に続いていた。

それを止めるのは何時も平家の役目となっていた。

しかし平家がいくら手柄を上げても朝廷は平家を持ち上げようとしなかった。

この時代の平家がいくら力をつけても朝廷の力は圧倒していた時代だから

仕方ない面があるのだが、その頃の朝廷は鳥羽法皇が璋子の容態が

悪化した事で花を探させるなど荒れに荒れていた。

そしてついに義朝が東国を手中に収めて戻ってきた。

義朝は東国で鍛えられた事もあり、たくましく戻ってきた事で自信をつけていた。

それを見た清盛は悔しさのあまり強がってみせるのだが、

これでこれから清盛が表舞台へ出てくる事になる。

そして義朝は由良姫を妻にし、清盛は子供たちが懐いていた

時子を後妻として迎える決意をして時子に妻になれと言ったのだった。

次回はついに清盛が祇園で事件を起こす。

これで清盛は1度失脚するのだが果たして

清盛はどんな事件を起こすのだろうか?

その事件に注目だ。

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