29日千葉ロッテやMLBヤンキース、阪神などで活躍した

伊良部秀輝氏が米ロサンゼルス市内の自宅で発見され死亡しているのが確認された。

42歳だった。

伊良部氏は1987年ドラフト1位で現在の千葉ロッテに入団し、

当時西武に所属していた清原和博氏との対決で当時球界最高の158kmをマークし

平成の名勝負としてファンを熱くさせた。

その後1997年にMLBパドレスとの三角トレードでヤンキース入りしたが、

その騒動が発端で現在のポスティングシステムが誕生した。

その後ヤンキースで3シーズンプレーし、エクスポズ、レンジャースと渡り歩き

2003年に阪神と契約しその年のリーグ優勝に貢献した。

しかし翌年故障すると阪神を自由契約となり1度は引退したが、

2009年に独立リーグの高知に入団し話題になった事もあったが

2試合の登板だけで2度目の引退をしていた。

プロ野球での活躍とは裏腹にトラブルメーカーとして数々のトラブルも起こしていた。

死因は自殺とみられており第2の人生に思い悩んでいたようだ。

これで球界を熱くさせた投手が亡くなり、

かつてプレーした選手や関係者は衝撃を受けている。
現役時代はあのふてぶてしい雰囲気を持った投手で清原選手との対決は

観ているファンを釘付けにしたほどの名勝負を演じたものだ。

全盛期の伊良部投手の投球は本当に力のある投球で

豪快な投球で千葉ロッテファンには忘れられない投手の1人だろう。

ただその活躍とは裏腹に数々のトラブルを起こしており、

1997年の三角トレードで現在の歪なポスティング制度を生み出した張本人でもあったし、

メジャーでは悪態の態度で数々のトラブルでヤンキースを3年で追われた。

同じヒデキでもトラブルメーカーの秀輝とヤンキースファンに愛される秀喜との違いを

度々比べられた事もあったほど伊良部の評判は悪かった。

その後1度日本に戻り阪神の優勝に貢献したが、それが最後の輝きだった。

あの当時は豪速球は影を潜めたけれどそれでも伊良部らしい投球を魅せてくれていた。

色々なトラブルがあった選手だったけれど、

そういう破天荒な選手だったからこそ印象深い投手でもあった。

理由はどうであれ今は謹んでご冥福をお祈りいたします。

ブログランキング・にほんブログ村へ

Rankingブログランキングに参加しております。

最新最強のピッチング・メカニクス最新最強のピッチング・メカニクス
著者:伊良部 秀輝
販売元:永岡書店
(2010-07-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る