12月11日公開の映画「ノルウェイの森」(PG12指定)を鑑賞した。

この映画は村上春樹原作の「ノルウェイの森」を映画化した作品で、

高校時代に親友を失った青年が

東京で親友の恋人だった女性と再会し恋をするが、

その女性は恋人を失ったショックが再発して入院し、

それと同時に青年に別の彼女が現れ、

愛と恋の狭間で葛藤する姿が描かれるストーリーである。

原作は世界でも1000万部を超える大ベストセラーだが、

世界観はとてもややこしくこの世界観を理解した上で

観なければ最後までややこしい森の中に迷ったままになるかもしれない。
この映画の予告からややこしい場所というフレーズが登場するんだけれど、

確かにこの恋愛模様を理解するのには

確りこの時代背景に世界観を理解しなければならず、

さらには登場する4人の関係を理解しなければならない。

悲しみからは逃れられないのは誰も同じだけれど、

ここで登場する主人公もまた2人の親友を亡くすという悲劇に見舞われる。

そんな中で愛そうとし、愛されようとした2人の青年と女性、

さらにそこに登場するもう1人の女性が

この物語をさらにややこしくしていく。

果たして悲しみの先に見る結末とは一体・・・

キャスト

ワタナベ演じる松山ケンイチ

直子演じる菊池凛子

キズキ演じる高良健吾

緑演じる水原希子

レイコ演じる霧島れいか

永沢演じる玉山鉄二

ハツミ演じる初音映莉子

ストーリー

37歳になったワタナベは、

ドイツ行きの機内で「ノルウェイの森」を耳にし、

18年前に自分が恋に落ちた直子のことを思い出す。

直子はワタナベの高校時代の親友・キズキの恋人だった。

ワタナベにとってキズキは唯一の友であり、

必然的にワタナベと直子も一緒によく遊んでいた。

ところが、ある日突然キズキは誰にも何も言わずに自殺をしてしまう。

親友を喪ったワタナベは、誰も知っている人間がいないところで

新しい生活を始めるために東京の大学に行く。

そして、あるとき中央線で直子と偶然再会する。

それからワタナベと直子はお互いに

大切なものを喪った者同士付き合いを深めていく。

ところが、付き合いを深めれば深めるほど直子の方の喪失感は

より深く大きなものになっていった。

そして、20歳になった直子は結局京都の病院に入院することになる。

そんな折にワタナベは大学で、

春を迎えて世界に飛び出したばかりの小動物のように

瑞々しい女の子・緑と出会う…。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとしてややこしい場所という表現が

ピッタリなノルウェイの森だけれど、

確かに時代背景は1969年前後なので

この時代は学生運動が活発で当時は

もちろん携帯なんてない時代の話だ。

その時代背景の中で精神的な心理部分を描いた作品としては

今から23年前にはとても衝撃的な作品だった訳だけれど、

ここで登場するワタナベは1987年の37歳に

18年前を回想するところから始まる。

ただストーリーがダイジャスト的な流れとなっており、

この断片を確り読み取らないとストーリーの流れに

ついていけなくなるので最初から集中する必要がある。

まず冒頭に登場するキスギはワタナベとは親友同士だった。

そのキスギには3歳からの幼馴染の恋人直子がいた。

3人と一緒に高校時代に遊んだ中だったが、

ある日突然キズキは何も遺書すら残さず自殺して亡くなってしまった。

喪ったワタナベはキズキを忘れるために誰も知らない

東京の大学に進学する事を決意するのだった。

確かに冒頭の時点でどうしてキズキが自殺したのか

サッパリわからないのだけれど、

理由もわからず亡くなった事は親友のワタナベ、

恋人の直子には相当なショックだった事は想像できる。

そして東京に進出してきたワタナベは学生運動の盛んな大学で

運動にも参加せず、友達も多く作らずにバイトをしたり

読書をする毎日を送る。

そんな中でワタナベは偶然直子と再会する。

直子がどうしてワタナベに会いに来たのかは

ある程度想像できるところだけれど、

直子にとって頼れる人はワタナベしかいなかったからでもあった。

その後2人は週末に会うようになるが、

ワタナベは直子を愛していたが、

直子はワタナベを愛する事はなかった。

これは直子がキズキを愛していたからなんだけれど、

確かに1人の人を愛そうとするあまりに

他の愛を知らないまま人生を送ろうとしていた

直子にとってキズキ以外の人を愛そう

という気持ちがなかった事は想像できる。

そんな中でも2人は直子が二十歳の誕生に結ばれる事になる。

しかしそこで直子はワタナベと結ばれる事が

人生で初めてだという事を告げたのだった。

これは気持ちと体のバランスの違いと表現した方が

良いのかもしれないけれど、

気持ちがお互い求めたとしても

それが体まで求め合えるとは限らないという事だ。

もちろん年齢的な事もあるのかもしれないけれど、

キズキと直子は3歳の時から何時も一緒だった関係だ。

そんな中で2人は男女の関係になる事と

幼馴染の関係という狭間で気持ちと体が一致しなかったと

見るべきなのだろう。

人間って簡単そうで難しくできているんだけれど、

気持ちがなくても体は求めるという事はある。

しかしその逆に気持ちはあっても体が求めないという事もあるのだ。

これは幼馴染過ぎると距離感が失われてしまい、

キズキと直子の関係はある意味男女関係

というよりも兄妹関係になってしまっていた

という考えができるのではないだろうか?

これが大人になってから出会ってしまえば

このような事は起きないのだろうけれど、

これが小さい時からの幼馴染となると

こういう現象が起きてしまう可能性があるという事だ。

よく言いますよね。

姉と弟、兄と妹の関係は姉や妹が女と思えないみたいな事を・・・

身近過ぎて見慣れてしまいそういう対象じゃなくなってしまうという関係・・・

場合によっては近親相姦的な描かれ方をする小説もありますが、

通常の多くが近過ぎると血が繋がっていなくても

親戚関係的なところに落ち着いてしまうものである。

確かにキズキと直子は愛していた事は間違いないし、

2人ともその気持ちがあった。

しかし・・・結ばれなかった・・・

これって思春期の男女にとってショック以上の出来事ですよね。

初体験でよく痛いという事を感じる女性や、

上手くできなかったという男性がいるように、

初体験の経験がその後のトラウマになってしまう事は少なくない。

特にキズキと直子は本当に愛していたからこそ

そのショックが大きかったというのは

直子の言葉から察するにキズキが何故自殺したのか

という事が容易に想像できる訳だけれど、

逆にこの自殺は直子にとって自分が原因で自殺した事に

直結するのだという事を大きく感じ愛する人を失っただけでなく、

結ばれなかった原因は自分にある事を大きく責めた事は間違いない。

その喪失感が消えぬままに直子はワタナベに会って

その傷を癒そうとしたのだろうけれど、

直子にとってそこで1番ショックだったのは

愛していなかったワタナベに対して

直子は結ばれたというショックだった。

愛する人と結ばれず、

愛していない人と結ばれるという直子にとってあまりにも

衝撃的な出来事に喪失感を持ち続けていた直子は精神が崩壊してしまった。

過酷な現実を直子は受け止める事ができる状態じゃなかったのだ。

理想は愛する人と結ばれたいと女性の誰もが願うだろうし、

男性も愛する人と結ばれたいと思うものだ。

ただそれがキズキではなくワタナベだったという現実がそこにあった。

それから直子は京都の病院に入院する事になった。

何も言わずに消えた直子にワタナベは直子の実家に

手紙を送り続ける事しかできなかった。

そんな中ワタナベは永沢という同期生と親しくなる。

永沢に誘われ色々な女性と関係を持つのだけれど、

ワタナベにとってそんな関係では

直子の事を忘れられるような心境ではなかった。

まあ誘われるがままにワタナベは永沢に付き合ったのだけれど、

若き日はそんな色々な経験をする事で

色々な事を知っていくものなのだけれど、

そんな中ワタナベの前に緑という女性が現れた。

緑はワタナベにとって瑞々しいほど眩しい女性だった。

確かに直子と違い緑は明るいイメージがあったけれど

しかし何処かで暗い影を背負っていた。

緑には母親がおらず、父親ものちに亡くなるのだけれど、

緑はワタナベの事を最初は好きという気持ちでワタナベに接してきた。

自然に交際していったものの、緑には他に付き合っている人がいた。

その人は登場しないんだけれど、

これは原作を読んでいないからわからない部分ではあるのだけれど、

元々緑には付き合っている人はいなかったのかもしれない。

二股をかけてまでわざわざワタナベに近づく理由が何処にあったのか?

という事になってしまうんだけれど、

もしこれが嘘だったら緑は遠くから

ワタナベの事を見ていて片思いから

勇気を振り絞って近づいてきたという見方をすれば

緑がワタナベに近づいてきた事の説明がつく。

緑にとってワタナベのような素朴で繊細な人を求めていた

という見方ができるのではないだろうか?

そんな中でもワタナベは直子の事を忘れる事はなく、

緑にも愛する人がいると告げている。

正確には好きな人だけれど、

ようやく直子の居場所を知ったワタナベは

直子が入院する診療所へ向かった。

そこでは同じような病を抱えた人がおり、

その人たちも精神的なショックで療養していたのだった。

そこでレイコと出会うのだが、

レイコもまた直子より症状は酷くなかったものの、

同じ境遇の持ち主だった。

この診療所では2入以上での行動が義務付けられている。

それは自殺を防ぐためだった。

そんな中でワタナベは直子に会いに行くが

直子はワタナベを愛する事ができない。

それでもワタナベは直子を愛そうとする。

果たして2人の行方は?

そして緑との関係は?

結末は劇場で観てほしいけれど、

本当にややこしい心理模様だ。

この心理を確り認識して観終えないと

完全に消化不良になってしまう作品だし、

それだけこの愛は奥が深く、愛したくても愛せない、

愛しているのに愛されないという森深くに

迷い込んでしまっている状態だ。

本来なら気持ちが一致してこそ何だけれど、

ワタナベは直子の事を十分に理解している。

それは直子はキズキを失い、

同じ境遇だからこそ、

直子の辛過ぎる気持ちを良く理解していた。

だからワタナベはキズキに代わって直子を愛し続けたいと思った。

しかしその直子はワタナベのその気持ちを理解する状態になく、

身近な存在ではあったものの、

ワタナベの事を理解する事ができない状態だった。

だからこそ直子はワタナベを最後まで愛せなかったのだが、

愛そうという気持ちが直子にはあったのは事実であり、

直子も頭ではそうしなければと思ったに違いない。

しかしそれ以上にキズキを失ったショックは想像以上に深かった。

それだけ直子にとってキズキの存在が大き過ぎたゆえだけれど、

ワタナベのように色々な経験をしてきている人と違い、

直子はキズキ一筋だったゆえに他の経験をする事が

なかった故に最後まで立ち直る事はできなかった

という結論を出した方がよいのかもしれない。

ワタナベはそんな回想を18年後にする訳だけれど、

ワタナベにとって2人は永遠のあの時のまま悲しみを

抱えて生きていくしかないのは誰もが同じことではある。

総評としてキズキがどうして自殺し、

直子がどうしてワタナベを愛せなかったのか?

を理解する事ができればワタナベが

最後まで直子を愛そうとしたのかが

理解できるところまでは辿り着けるかもしれない。

それはワタナベがそれ以外の経験をしているからこそであり、

色々な経験が直子を受け入れ深く愛そうとするところまで行くのだが、

失ってその悲しみを乗り越えてこそ当時の愛の深さを

知るのだという事をこの映画ではラストで表現している。

悲しみを受け入れ、

その気持ちすら受け入れる事で愛を導こうとした気持ちは

亡くなった2人に必ず届いているのではないかと

色々考えた末に辿り着く結論になるのだと思います。

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