19日公開の映画
「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」
(PG-12指定)を鑑賞した。
この映画は平凡な高校生が制服姿の美少女と
チェーンソー男との闘いに遭遇してから
チェーンソー男との闘いに参加して
闘うストーリーである。
発想はあまりにもありえなすぎるが、
発想そのものが面白いものの、
その前に根性なしバカへの
必殺○蹴りをお見舞いする必要があるだろう。
「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」
(PG-12指定)を鑑賞した。
この映画は平凡な高校生が制服姿の美少女と
チェーンソー男との闘いに遭遇してから
チェーンソー男との闘いに参加して
闘うストーリーである。
発想はあまりにもありえなすぎるが、
発想そのものが面白いものの、
その前に根性なしバカへの
必殺○蹴りをお見舞いする必要があるだろう。
う〜んこれってストーリーの流れで観るか、
それとも心理面で観るかで違うと思う。
ハッキリ言ってストーリーで観ると
2桁の評価点すら行かない評価になるだろうけれど、
まあこれはおしおきの○蹴りメガトンキックに
免じて大甘点数としたとして、
チェーンソー男の存在って一体どう考えるかだろう。
悲しくなれば悲しくなるほどチェーンソー男は
強くなるという趣旨らしいけれど、
それ以上に彼女が抜群の運動神経に
目覚めたというのもある意味心理面で
考えながらレビューして行きたいと思う。
キャスト
平凡な高校生で勉強はまるっきしダメで根性なし、
ある日チェーンソー男と闘う絵理と出会って
チェーンソー男と闘う山本陽介演じる市原隼人
チェーンソー男と闘う美少女高校生、
チェーンソー男に出会ってから抜群の
運動神経を発揮するようになった
雪崎絵理演じる関めぐみ
陽介のだちでバンドの仲間のボーカルだったが、
バイク事故で亡くなる能登演じる三浦春馬
陽介のだちでバンド仲間のドラム、
何をやっても中途半端な渡辺演じる浅利陽介
他多数のキャストでストーリーは進行する。
ストーリー
平凡な高校生、山本陽介の前に現れた、
制服姿の美少女・雪崎絵里。
絵里はチェーンソーを振り回す不死身の男と、
夜な夜な闘っている。
冗談みたいな話だ−。
何のために戦うのか分からないけど、
陽介は絵里の闘いに参加することにした。
なぜってとにかく、
奴を倒さねば俺たちに希望はないらしい・・・。
結末は劇場で観てほしいけれど、
今回のレビューとしてまずチェーンソーで
バッサリ切り裂くところから入ると、
まずこの牛肉泥棒!!!!
貴様は太った贅肉をチェーンソーで
バッサリ切り落としてくれる。
そしてこの食い逃げ!!!!
貴様は絵理ちゃんいや失礼絵理さんの
改心の○蹴りで蹴り飛ばしてくれるわ!!!
そして貴様!!!
免許持っておるのか!!!!
持っていてもノーヘルは豚箱行きじゃあ!!!!
と勉強できないだけならここまで言わんが、
さすがに度が過ぎたのでここまでなら0点と言いたいが、
絵理さんが確り判別できる人だったし、
確りおしおきと鉄拳をお見舞いしたので
ここで減点はある程度戻したとして、
そもそもチェーンソー男とは何だったのか?
というのがこの映画のテーマなのかもしれない。
一見死神にも見えるし、心の闇にも見える。
ではその原因は一体なんだったのか?
というのが今回の所から入りたい。
絵理はチェーンソー男と出会ったのが
家族が事故死した現場だった。
そこから彼女の闘いが始まるのだが、
そこで何故か驚異的な運動能力が身につく。
これをどう取るかで違ってくる。
まず私が注目したいのは絵理は
その時どういう心理状況だったかだ。
事故で家族を失い天涯孤独となった彼女は
恐らく自分の死にたいと思ったに違いない。
しかもその思いは自らの心の闇の中で
死神を招いた事によるものと解釈する。
それならアッサリ殺されてしまったら早いだろうが、
人は何処かで死にたくないという
思いが残っているものだ。
どんなに自殺する人間でも躊躇いというものが存在する。
その境界線を越えてしまった時に死を迎えてしまうのだが、
その境界線を越えなければ生きたいと
いう気持ちが上回り思い止まる。
そして彼女が突然目覚めた身体能力は
亡くなった家族の魂が死神から守る為に
力になったという見方をした方がいいかもしれない。
そして問題の根性なしの陽介だが、
単なるバカならまだ良いんだけれど、悪さをし過ぎる。
こんな根性なしのバカが絵理を好きに
なってしまうんだから困ったものだ。
しかしそんな根性なしの陽介に絵理が
チェーンソー男と闘ううちに
このバカの面倒をみなきゃという思いが
好きという気持ちへと変わっていく。
まあ世の中って頼りない奴を
私が面倒みなきゃという人って時々いるけれど、
その心理で2人を観るとこの恋する
図式が解けるかもしれない。
そしてそんな根性なし陽介にもだちがいる訳で、
その中で能登の存在が彼の中で
越えられないものとなっている。
それは能登がバイク事故で亡くなった事から始まる。
彼が亡くなったのはカーブでトラックに
突っ込んだところからだった。
要するにそこは絵理の家族が
亡くなった場所でもあった。
その2つが重なった時陽介は能登の影を越えていった。
最終的にチェーンソー男は心の闇が生んだ
死神だったと解釈して良いと思う。
それが悲しくなればなるほど奴が強くなるというのは
それだけ死にたいと思うからだと解釈すれば
納得できるのではと思う。
要するに逆に生きたいと思う気持ちが
強ければ死神には勝てるという解釈ができる。
絵理は好きな人が傍らにいればいるほど
死神にうち勝てるという事だったのだ。
その対象が根性なしの陽介という訳だった。
総評として人は時として死にたい心境になる時がある。
その時死にたいと思っても思い止まるためには
どうすれば良いのか?
をこの映画では示してくれたのではないかと思う。
それは誰かを思える人の存在だ。
それはとんでもない根性なしかもしれない。
しかしそんな根性なしでも自分が面倒みなきゃと
なる気持ちになればこれもまた変わってくる。
チェーンソー男に襲われそうになったら
自分を好きな人に好きと思える気持ちを持とう。

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それとも心理面で観るかで違うと思う。
ハッキリ言ってストーリーで観ると
2桁の評価点すら行かない評価になるだろうけれど、
まあこれはおしおきの○蹴りメガトンキックに
免じて大甘点数としたとして、
チェーンソー男の存在って一体どう考えるかだろう。
悲しくなれば悲しくなるほどチェーンソー男は
強くなるという趣旨らしいけれど、
それ以上に彼女が抜群の運動神経に
目覚めたというのもある意味心理面で
考えながらレビューして行きたいと思う。
キャスト
平凡な高校生で勉強はまるっきしダメで根性なし、
ある日チェーンソー男と闘う絵理と出会って
チェーンソー男と闘う山本陽介演じる市原隼人
チェーンソー男と闘う美少女高校生、
チェーンソー男に出会ってから抜群の
運動神経を発揮するようになった
雪崎絵理演じる関めぐみ
陽介のだちでバンドの仲間のボーカルだったが、
バイク事故で亡くなる能登演じる三浦春馬
陽介のだちでバンド仲間のドラム、
何をやっても中途半端な渡辺演じる浅利陽介
他多数のキャストでストーリーは進行する。
ストーリー
平凡な高校生、山本陽介の前に現れた、
制服姿の美少女・雪崎絵里。
絵里はチェーンソーを振り回す不死身の男と、
夜な夜な闘っている。
冗談みたいな話だ−。
何のために戦うのか分からないけど、
陽介は絵里の闘いに参加することにした。
なぜってとにかく、
奴を倒さねば俺たちに希望はないらしい・・・。
結末は劇場で観てほしいけれど、
今回のレビューとしてまずチェーンソーで
バッサリ切り裂くところから入ると、
まずこの牛肉泥棒!!!!
貴様は太った贅肉をチェーンソーで
バッサリ切り落としてくれる。
そしてこの食い逃げ!!!!
貴様は絵理ちゃんいや失礼絵理さんの
改心の○蹴りで蹴り飛ばしてくれるわ!!!
そして貴様!!!
免許持っておるのか!!!!
持っていてもノーヘルは豚箱行きじゃあ!!!!
と勉強できないだけならここまで言わんが、
さすがに度が過ぎたのでここまでなら0点と言いたいが、
絵理さんが確り判別できる人だったし、
確りおしおきと鉄拳をお見舞いしたので
ここで減点はある程度戻したとして、
そもそもチェーンソー男とは何だったのか?
というのがこの映画のテーマなのかもしれない。
一見死神にも見えるし、心の闇にも見える。
ではその原因は一体なんだったのか?
というのが今回の所から入りたい。
絵理はチェーンソー男と出会ったのが
家族が事故死した現場だった。
そこから彼女の闘いが始まるのだが、
そこで何故か驚異的な運動能力が身につく。
これをどう取るかで違ってくる。
まず私が注目したいのは絵理は
その時どういう心理状況だったかだ。
事故で家族を失い天涯孤独となった彼女は
恐らく自分の死にたいと思ったに違いない。
しかもその思いは自らの心の闇の中で
死神を招いた事によるものと解釈する。
それならアッサリ殺されてしまったら早いだろうが、
人は何処かで死にたくないという
思いが残っているものだ。
どんなに自殺する人間でも躊躇いというものが存在する。
その境界線を越えてしまった時に死を迎えてしまうのだが、
その境界線を越えなければ生きたいと
いう気持ちが上回り思い止まる。
そして彼女が突然目覚めた身体能力は
亡くなった家族の魂が死神から守る為に
力になったという見方をした方がいいかもしれない。
そして問題の根性なしの陽介だが、
単なるバカならまだ良いんだけれど、悪さをし過ぎる。
こんな根性なしのバカが絵理を好きに
なってしまうんだから困ったものだ。
しかしそんな根性なしの陽介に絵理が
チェーンソー男と闘ううちに
このバカの面倒をみなきゃという思いが
好きという気持ちへと変わっていく。
まあ世の中って頼りない奴を
私が面倒みなきゃという人って時々いるけれど、
その心理で2人を観るとこの恋する
図式が解けるかもしれない。
そしてそんな根性なし陽介にもだちがいる訳で、
その中で能登の存在が彼の中で
越えられないものとなっている。
それは能登がバイク事故で亡くなった事から始まる。
彼が亡くなったのはカーブでトラックに
突っ込んだところからだった。
要するにそこは絵理の家族が
亡くなった場所でもあった。
その2つが重なった時陽介は能登の影を越えていった。
最終的にチェーンソー男は心の闇が生んだ
死神だったと解釈して良いと思う。
それが悲しくなればなるほど奴が強くなるというのは
それだけ死にたいと思うからだと解釈すれば
納得できるのではと思う。
要するに逆に生きたいと思う気持ちが
強ければ死神には勝てるという解釈ができる。
絵理は好きな人が傍らにいればいるほど
死神にうち勝てるという事だったのだ。
その対象が根性なしの陽介という訳だった。
総評として人は時として死にたい心境になる時がある。
その時死にたいと思っても思い止まるためには
どうすれば良いのか?
をこの映画では示してくれたのではないかと思う。
それは誰かを思える人の存在だ。
それはとんでもない根性なしかもしれない。
しかしそんな根性なしでも自分が面倒みなきゃと
なる気持ちになればこれもまた変わってくる。
チェーンソー男に襲われそうになったら
自分を好きな人に好きと思える気持ちを持とう。

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