12日公開の映画「眉山」を鑑賞した。

この映画はさだまさし原作の映画で

末期がんの母とその娘が互いに言えなかった、

聞けなかった事を次第に解り合えるようになっていく

過程を徳島を舞台に描かれたストーリーである。

色々な親子関係があると思うけれど、

ここで出てくる2人の母娘の絆は観終わった後に

多くの感動と涙を流す事になるだろう。
普段映画で泣く事のない私が

このストーリーを観て思わず泣いた・・・

それだけこの母娘のストーリーが実に素晴らしかった。

人にはそれぞれ言えない事って必ずあると思う。

それが親子であればなお更言えない事があるものだ。

母親は不倫の末に生まれた娘だったゆえに

言えなかった事があった。

娘も父親の事を覚えていないが故に聞けないことがあった。

それが母親のガンの告知で次第にその距離が縮まっていく。

キャスト

東京の旅行代理店で働いているが、

病に倒れた母の看病をするために徳島に帰郷する。

父の存在について多くを語らず、

すべてに自分の意志を貫いてきた母に

寂しさを感じているが、

やがて若き日の母の秘められた愛を知る

河野咲子演じる松嶋菜々子

徳島の地で娘・咲子を女手ひとつで育てあげた

チャキチャキの江戸っ子。

病床でも凛とした生き方を守り通し、

娘にも告げずに献体を申し込んでいる

河野龍子演じる宮本信子

龍子の入院先の小児科医師。

龍子の言葉によって、医師を志したときの初心を思い出す。

余命いくばくもない母を看取ろうとする

咲子を優しく支える寺澤大介演じる大沢たかお

他多数のキャストでストーリーは進行する。

ストーリー

母だから言えないことがある。

娘だから聞けないことがある。

東京で働く咲子は、母の入院の知らせを受け、

久しぶりに徳島に帰郷する。

母子家庭で育った咲子は、

気が強く何でも一人で決めてしまう母に

寂しさを感じていた。

咲子は医師、寺澤から

母が献体を希望していることを知り、いらだちは募る。

ある日、母の友人から箱を手渡される。

中には、死んだと聞かされていた父から

毎年届いていた手紙の束が入っていた。

隠された母の恋を知った咲子は、

東京に戻り、両親の思い出の場所を訪ね歩き…。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとしては例えどんな状況で生まれようとも

娘にとっては母親であり、父親であるという事だ。

こういう境遇で生まれた子も世の中には数多くいる訳で

それがどんな事で生まれようとも

やはりその子は愛されて生まれてきたという事だ。

愛されていなかったのならまず生まれてこなかっただろう。

しかしそんな状況で産まれたゆえに

言えない事も出てきてしまう。

正直自分がどのようにして産まれてきたのか?

親に確り聞いてくれて答えてくれる

親ばかりじゃないケースもない訳じゃない。

そんなわだかまりが続くと

親子関係はギクシャクしてしまう。

この龍子と咲子の関係もその1つだった。

咲子としても自分の父がどのような人なのか

知りたいのは当然だし、

それを聞きたかったが聞ける状況じゃなかった。

そんな事が長年に渡って続いたある時に

龍子が病気で入院している事をおばさんから伝え聞く。

それから始まった母と娘の残された時間への始まりだった。

その中で咲子は母・龍子の恋を知っていく訳だけれど、

知れば知るほど何故母が私に父の事を告げなかったのかが

咲子も理解し始める。

しかし本当に気丈な母・龍子である。

病院では看護婦にも医師にも筋の通らないとなれば

これでもかと説教を始める。

これは東京の下町出身という事で江戸っ子の血が騒ぐ。

この言葉1つ1つが人生の重みというべきものを

感じさせてくれた。

そんな母だから娘が聞けないのも納得できる。

そんな母の恋と平行して自分の恋も始まる。

それが龍子の入院先の病院の小児科医寺澤大介だった。

大介と恋する事で次第に解ってきた母の恋・・・

そしてそれは母が亡くなった後で渡されるはずだった

遺品の中に多数の現金書留と手紙が入っていた。

そしてその名前を見ることで咲子が忘れていた

幼き日の記憶が甦ってくる。

そして咲子はその住所を頼りに生きている父に会いに行く。

その後龍子と咲子にとって

最後の徳島阿波踊りの当日を迎えるのだった・・・

ここからは劇場で観てほしい部分なので

確信に触れないけれど、

とにかくこのストーリーで出てくる

阿波踊りのシーンは最大の見せ所だったし、

何より徳島県民の強力を得て実現して撮影という事で

本当に見応えがあった。

そして母・龍子が残した娘・咲子への言葉は

本当に感動する言葉だった。

総評としては母と娘だからこそ言えない事もあった。

しかしそれは娘が経験する事で

次第に母が言えなかった事を

理解して分かち合えるところへと向かった。

どんなに苦しくて言えなかったのか、

そしてそれを解った時母と娘は本当の愛を知った。

正直龍子はその恋が結ばれないものだと

知った上でその相手を愛し、娘が生まれた。

本来なら確りケリをつけてしまえば

良かったのかもしれないが、

それでもそれができない人がいる。

できなかったけれど、

決して愛していなかった訳じゃなかった事は

このラストで描かれる訳だけれど、

1つ言えば不倫の末の恋だった龍子だけれど、

決してそれに悔いていない。

人は1人の人以外を愛さない動物じゃないので

結婚していても他の人を愛してしまう事が

ないとは言えない。

ただ愛しても共に暮らす人は1人な訳で、

結ばれない愛と知りながらも

愛した人の子がいるなら生きていける。

近年生まれてくる子が愛されていない中で生まれたり、

捨てられたりするケースが多い中で、

そういう生まれ方をしたとしても

愛されて生まれてきたという事を

確り最後には母が娘に伝えたかったのだと思う。

献体に自らの体を提供する事を決めたのも

そんな生き方をした龍子の罪滅ぼしだったのかもしれない。

人を色々な生まれ方をする。

しかし生まれる以上愛されて生まれてきた事を

確り描いてくれた作品だった。

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眉山


眉山


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