14日公開の映画

「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」

を鑑賞した。

この映画は原作リリー・フランキーの同名の小説を

映画化したもので、スペシャルドラマ、連続ドラマ

と続いて映画化された作品で、

オカンとボクとオトンの関係をオカンが最後に

伝えるまでを描いた作品である。

人生色々だけれど、この話がありふれた話なのか?

と問われたありふれているとは言い難い作品かもしれない。
私自身スペシャルドラマも連続ドラマも

原作の一切観ずに観る作品になったので

おそらくそういうパターンで観る人は

私だけ?なのかもしれない。

スペシャルドラマではいわく付きとなってしまったが、

スペシャルも連続ドラマもパットしなかったのだけは

知っていたのでいい話と言いながら

何故数字に表れないのか?

その答えを映画で観て何となく

感じる事ができた作品でもある。

人の価値観それぞれと言ってしまえばそれまでだが、

私自身もこの内容がそれほど良いのかなと

問われるとう〜ん・・・となる。

それはレビューで語るとしたい。

キャスト

両親の別居で小さい時にオカンに

連れられて幼児期を過ごし、

その反動でダラケタ生活で色々な借金をしたが

現在は借金を返済しイラストレーターとして

オカンと暮らしているボク演じるオダギリジョー

若き日にオトンと別居し、

女手でボクを育てた後店を1人で切り盛りし、

還暦を過ぎてからボクと一緒に暮らした

オカン演じる若き日のオカンを内田也哉子、

現在のオカンを実の母親の樹木希林

オカンと別居して以来自由奔放に生きたが

一級建築士の実力を持っている。

ボクにいけない遊びを仕込んでボクを

堕落させてしまったオトン演じる小林薫

現在のボクの彼女でオカンに

気に入られるミズエ演じる松たか子

他多数のキャストでストーリーが進行する。

ストーリー

1960年代。3歳のボクは、

遊び人のオトンを捨てたオカンに連れられ、

小倉から筑豊のオカンの実家に戻ってきた。

オカンは女手ひとつでボクを育てた。

オカンの作る美味しいご飯を食べて、ボクは成長した。

15歳になって、ボクはこの町を出て行きたくなった。

大分の美術高校を卒業し、九州の炭坑町で育ったボクは、

女手ひとつで育ててくれたオカンに見送られ、

東京へと旅立つ。

念願の美大生になったボクだったが、

オシャレな都会の生活になじむことができず、

学校もさぼってばかり。

そんな息子にオカンは

「あと1年、がんばって卒業しなさい」と言い、

学費を工面してくれた。

なんとか卒業したボクは、

遊び人のオトンのアドバイスに従って、

何もしないまま数年が過ぎる。

やがてバブルがはじけた頃、

膨大な借金に気がついたボクは、

片っ端から仕事を引き受けているうちに、

イラストレーターとして認められるように。

やっと親孝行できると思った矢先、

オカンがガンになったという知らせが届く……。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとしてこの話をありふれているか?

と問われたらまずありふれていない

という結論になるだろう。

まずオカンとオトンの関係だが、

正直オカンはオトンにナンパされて結婚した

2人なのでそこまでは確かにありふれているだろう。

しかしそれ以降からありふれていないストーリーが始まる。

酔っ払って帰って来たオトンが

突然ボクとオカンを起こしてオカンにゲロを吐き、

ボクにやきとりの串刺しを2本も加えさすなんて

まずありふれていない話だ。

いくら酔っていてもオカンにゲロを吐いたら

それはオカンにボカンされてるのは当たり前だし、

別居するのは当たり前!

しかしここから不思議な事にオカンとオトンは

何故か離婚という選択はとらず、

別居という選択を取るだけ以後離婚はしていないのが

どうも納得し難い。

普通このケースだと離婚を叩きつけて

慰謝料というのが普通なのだろうが、

どういう話し合いで生涯別居するだけで終わったのか?

ここは個人的には上手く理解し難い面はある。

ただ突っ込んだ考え方をすると勢いより

愛して結婚した2人だったからこそ

生涯別れずに終わった感じもある。

それ以降オカンとボクは母子生活をする訳何だけれど、

そこで時々オトンに預けられる

ボクは早過ぎる経験を数多くしていく。

15歳までは確りした真面目な少年だったボクも、

オトンが要らぬ遊びを教えた事で狂っていく。

15歳でソープ嬢の楽屋に入れて

工事現場のデッサンって・・・

どういう発想をしたらそうなるの?

オトンが無類の遊び人だった事で

そういう世界の人と付き合いがあったのだろうが、

しかしオトンの女好きはボクに伝染してしまったのか?

それとも遺伝なのか?

ボクの青春時代は荒れ狂う。

オカンの元から離れたボクは

とにかく荒れ狂う生活を始める。

16,7歳で煙草を覚え、遅刻常習犯、

さらにオカンに似てギャンブル好きに

彼女を連れ込んでやりたい放題な日々と

オイオイこれって完全にオカン泣かせにも

程があるという事だ。

不思議なのが何故か警察のお世話にならなかった事?

世にいうボクは世渡り上手なのだろうか?

その間オカンは店を持ち1人で切り盛りするんだけれど、

1人息子のためにここまで身を粉にして

働くオカンはある意味頭が下がる。

ただ若き日は煙草を吸い破天荒な人生を送った

オカンもボクが生まれてからは苦労の連続で、

それでもボクのために生きたオカンの器量の広さには

これこそ母親の器量というべきものだろう。

普通の家庭ならぐうたら息子に対して

「留年して良いよ」何て言えるのが

それだけボクを愛していたからこそ言える言葉だ。

私も人と違った人生を歩んでいるので解るんだけれど、

なかなか1度働いて学校へ戻るなんて経験すると

親の苦労を知るからなかなか

できる事じゃないというのが良く解る。

ゆえにこういう経験をした人なら

オカンがいかに器量の大きい人だったのかが解る。

事ある度に仕送りで凌いだボクの狂った生活・・・

まあ良くもこれだけオカンに苦労かけたものだと思うが、

直接的にはオカンには苦労をかけた事がないのが

ある意味不思議な面でもある。

借金を背負うと普通なら親の元へ行くのだが、

何故かその件は親の元へは行っていない。

そこはある意味不思議なボクだ。

しかしそんなボクも借金を返済する事で

自分の居場所を見つけていく。

そして借金を返済した頃にボクにミズエという彼女ができる。

ボクにとっては今までにないタイプの彼女だった訳だけれど、

ここで始めてボクはオカンを東京に呼び、彼女を紹介する。

ボクの歩んだ中では1番確りした彼女なのだと思う。

そこでボクはオカンに親孝行するわけだけれど、

そこでオカンが思ったボクの親孝行とは?

それは劇場で観てほしいけれど、

総評として私も破天荒な人生を歩んでいる方だし、

変わった人に対する見方も多少違う。

ただボクと違って私自身煙草は吸わないし、

麻雀もしないし、無類の女好きでもない。

ゆえにボクの半生とはかなり違うんだけれど、

でも10代で煙草とギャンブルと女を覚えたら

拙いという事をボクから感じ取った。

ゆえに私自身はボクを容認する事はあまりできない。

個人的にも借金嫌いなので借金してまで

やるタイプじゃないからこういうボクにはなりたくない。

ただ唯一共感できた部分はそれでも

オカン想いだった部分だろう。

これだけ破天荒な人生を歩みながらも

最後の数年間をオカンのために捧げたのは

最後のオカンの言葉からも現れている。

ただオトンについては褒められたものじゃないので

時々という感覚は解る。

都合の良い時しか出てこないオトンは

オカンに苦労させっぱなしだった。

ボクとミズエとの関係だけれど、

劇中ではオカンは2人の関係が

何時までもと思ったわけだけれど、

それでも最後まで2人は結ばれる事を

願った手紙を残している。

それがオカン最後のボクへの願いだったのだと思う。

実際2人を見ると結ばれた方がいいように思う。

私自身もミズエみたいな人は良いと思うし、

色々と家族の事を受け止めてくれる人の方が

生涯一緒にいられる。

そういう人と出会うと良いですけれどね。

親不孝なのか?

親孝行なのか?

それは観る人の価値観によって変わってくるだろう。

私自身の価値観としては・・・

どちらかというと親孝行になるかな。

少ない時でもオカンがそう思ってくれたなら

それはそれで親孝行になるだろう。

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