24日公開の映画「アルゼンチンババア」を鑑賞した。
この映画は入院中だった母を亡くした父が失踪し、
残された娘が父親を探して見つけるが、
そこから2転3転しながらも
それぞれの形を見つけるストーリーである。
内容的には演技はともかく脚本は最悪なデキとなっており、
この点を踏まえると今季ワースト作品の1つになるだろう。
この映画は入院中だった母を亡くした父が失踪し、
残された娘が父親を探して見つけるが、
そこから2転3転しながらも
それぞれの形を見つけるストーリーである。
内容的には演技はともかく脚本は最悪なデキとなっており、
この点を踏まえると今季ワースト作品の1つになるだろう。
タイトルからしても何処に
アルゼンチンが出てきたのだろうか?
と思うほどアルゼンチンとは無縁だし、
それ以上に確り年齢を考慮して作者は書いたのか?
それとも度外視したのか?
その点について非常に考えなければならない場面も多かった。
それはレビューで書くとしたい。
キャスト
妻を亡くした事を現実として受け止められず失踪し、
失踪先のアルゼンチンババアと言われている
ユリと同棲生活をする事になる涌井悟演じる役所広司
悟の娘で父が失踪して葬式を1人で執り行い、
その後父を探して見つけるが、そこでみたものは・・・
涌井みつこ演じる堀北真希
通称アルゼンチンババアと呼ばれ、
アルゼンチンにいた時に
内乱により全てを失った過去を持つ。
今は悟と同棲しながら猫屋敷で
暮らしているユリ演じる鈴木京香
悟の妹で悟の失踪でアルゼンチンババアにいる事を
知って連れ戻そうとするが・・・
滝本早苗演じる森下愛子
その他多数のキャストでストーリーは進行する。
ストーリー
仲の良かった3人家族。
イルカの島で過ごした楽しい想い出を残し、
大好きだった母が死んだ。
母を愛し、仕事一筋だった墓石彫りの父はなぜか
その日に限って病院に顔を出さず、
突然、姿を消してしまった!
半年後、父は変わり者の女の人の屋敷で発見された。
そこは広い草原にぽつんと
佇む小さな田舎町のなかの異国。
昔はタンゴやスペイン語を教えていたらしいが、
今はちょっと頭がおかしくなって怪しい呪文を
唱えているとみんなが噂する謎の
“アルゼンチンババア”。
母親の供養もほったらかして、
どうして父がそんな人のもとに?!
一人娘のみつこは勇気を奮い起こし、
父親奪還に向かうのだが…。
結末は劇場で観てほしいけれど、
今回のレビューとしてどうしてこんな事になるの?
と言いたくなる場面もあったし、
何よりいくら悲しいからといってこれはダメでしょう!
というシーンがあった。
ストーリーの心理的な部分については
確かに解らなくはない。
現実を受け止められず、
その場から距離を置きたいというのは理解する。
しかしだからといって娘を一人ぼっちにして
式から逃げてしまうのは完全にNGだ!
妻が死にました。
現実を受け止められませんですから
後は娘に任せますというのは完全に父親失格であり、
死体遺棄ならぬ葬式放棄である。
幸い娘が全て葬儀屋に任せたから
あとは全てお任せにできるが、まずこの点は頂けない。
そして次に失踪した先で同棲生活を送るのは
妻を蔑ろにしていないか?
少なくても夫は妻を愛していたから死ぬまでは
確り看病をしていたはずなのに
それがすぐに新しい女にのめり込んでしまうのは
結局妻を愛していなかったのでは?
と感じ取られても仕方ないだろう。
それを観た娘のみつこはそれを受け取ってしまった
ゆえに有らぬ方向へ進んでしまった。
まず娘のみつこもまだ17でしょう?
それをいくら悲しいからって無○○運転に
飲○する事を許してしまうような
演出はまず作者の失態に他ならない。
これは演技の部分だから俳優に罪はないが、
描くに当たりそういう事を簡単に
表現するのは如何なものか?
R指定がない映画としてお粗末きまわりない。
少なくても私自身は堀北真希の○○○飲みシーンは
完全に大減点対象だし、
○○○運転=○○○○○不着用する事事態が
そもそもいくら演技でも彼女のイメージを
圧倒的に悪くする要因だ。
これが現実世界なら完全に少○○○送りにされている。
これでは娘に○○観察させる教育をしているん
じゃないかと思われてしまう。
それに怪我して何もなくそのままと
いう事事態が不自然であり、
この観点からも完全に脚本失敗である。
次に子供の悪戯についても親は
一体どんな教育をしているのか?
と問われても反論すらできないだろう。
これなら○○犯として補導されても仕方ない。
少なくても花火をする時は確り消化する
教育をしないといけない!
そして現実から逃げて
その屋敷にいた女性に溺れるのもね・・・
娘がどんな思いで探していたのか
本当に解っていたとしてもこの状況は拙いでしょう。
しかもやる事をやっている訳で
これで妻が生きていたら今頃修羅場と化しているだろう。
そして何故かそれを納得した娘のみつこの
最後のシーンもこれはどうなのかな?
いくら兄弟とは言っても
殆ど母親代わりをしなければならないわけだし、
それにその子は妻がなくなってから
わずか数ヶ月でできた子なだけに
これを平常心でいられるのが不思議すぎた。
現実的な心理状況を踏まえると
これを納得してくださいというのが
ある意味困難ではないか?
それ以外にも未成年の息子に○○○を進める親も
JRが全面禁止となった現状を踏まえても
教育的指導が必要だろう。
最後の最後は結局あれは不法投棄でしょう?
散骨に変えた方が明らかに良かった。
それにわざわざあの大きさをボートに
乗せるなんて完全に重さと
規格を考えていないでしょう。
とこれだけ矛盾だらけの事を徹底的に指摘したが、
ストーリーは解らないではなかっただけに、
こういう演出をもう少し手ほどきすれば
評価は私自身はかなり違った。
例えば○○○のシーンをジュースバカのみか
寿司食いまくりの方がまだマシだったし、
○○○を自転車で穴に落ちた
シーンに変えた方がまだ良かった。
最後もあんなでかい物じゃなく
キーホルダー程度ならまだまともだ。
出演者のイメージを悪くするだけの作品だっただけに
演出の配慮に大きく欠けた事だけは否めないだろう。

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アルゼンチンババア
アルゼンチンババア
アルゼンチンが出てきたのだろうか?
と思うほどアルゼンチンとは無縁だし、
それ以上に確り年齢を考慮して作者は書いたのか?
それとも度外視したのか?
その点について非常に考えなければならない場面も多かった。
それはレビューで書くとしたい。
キャスト
妻を亡くした事を現実として受け止められず失踪し、
失踪先のアルゼンチンババアと言われている
ユリと同棲生活をする事になる涌井悟演じる役所広司
悟の娘で父が失踪して葬式を1人で執り行い、
その後父を探して見つけるが、そこでみたものは・・・
涌井みつこ演じる堀北真希
通称アルゼンチンババアと呼ばれ、
アルゼンチンにいた時に
内乱により全てを失った過去を持つ。
今は悟と同棲しながら猫屋敷で
暮らしているユリ演じる鈴木京香
悟の妹で悟の失踪でアルゼンチンババアにいる事を
知って連れ戻そうとするが・・・
滝本早苗演じる森下愛子
その他多数のキャストでストーリーは進行する。
ストーリー
仲の良かった3人家族。
イルカの島で過ごした楽しい想い出を残し、
大好きだった母が死んだ。
母を愛し、仕事一筋だった墓石彫りの父はなぜか
その日に限って病院に顔を出さず、
突然、姿を消してしまった!
半年後、父は変わり者の女の人の屋敷で発見された。
そこは広い草原にぽつんと
佇む小さな田舎町のなかの異国。
昔はタンゴやスペイン語を教えていたらしいが、
今はちょっと頭がおかしくなって怪しい呪文を
唱えているとみんなが噂する謎の
“アルゼンチンババア”。
母親の供養もほったらかして、
どうして父がそんな人のもとに?!
一人娘のみつこは勇気を奮い起こし、
父親奪還に向かうのだが…。
結末は劇場で観てほしいけれど、
今回のレビューとしてどうしてこんな事になるの?
と言いたくなる場面もあったし、
何よりいくら悲しいからといってこれはダメでしょう!
というシーンがあった。
ストーリーの心理的な部分については
確かに解らなくはない。
現実を受け止められず、
その場から距離を置きたいというのは理解する。
しかしだからといって娘を一人ぼっちにして
式から逃げてしまうのは完全にNGだ!
妻が死にました。
現実を受け止められませんですから
後は娘に任せますというのは完全に父親失格であり、
死体遺棄ならぬ葬式放棄である。
幸い娘が全て葬儀屋に任せたから
あとは全てお任せにできるが、まずこの点は頂けない。
そして次に失踪した先で同棲生活を送るのは
妻を蔑ろにしていないか?
少なくても夫は妻を愛していたから死ぬまでは
確り看病をしていたはずなのに
それがすぐに新しい女にのめり込んでしまうのは
結局妻を愛していなかったのでは?
と感じ取られても仕方ないだろう。
それを観た娘のみつこはそれを受け取ってしまった
ゆえに有らぬ方向へ進んでしまった。
まず娘のみつこもまだ17でしょう?
それをいくら悲しいからって無○○運転に
飲○する事を許してしまうような
演出はまず作者の失態に他ならない。
これは演技の部分だから俳優に罪はないが、
描くに当たりそういう事を簡単に
表現するのは如何なものか?
R指定がない映画としてお粗末きまわりない。
少なくても私自身は堀北真希の○○○飲みシーンは
完全に大減点対象だし、
○○○運転=○○○○○不着用する事事態が
そもそもいくら演技でも彼女のイメージを
圧倒的に悪くする要因だ。
これが現実世界なら完全に少○○○送りにされている。
これでは娘に○○観察させる教育をしているん
じゃないかと思われてしまう。
それに怪我して何もなくそのままと
いう事事態が不自然であり、
この観点からも完全に脚本失敗である。
次に子供の悪戯についても親は
一体どんな教育をしているのか?
と問われても反論すらできないだろう。
これなら○○犯として補導されても仕方ない。
少なくても花火をする時は確り消化する
教育をしないといけない!
そして現実から逃げて
その屋敷にいた女性に溺れるのもね・・・
娘がどんな思いで探していたのか
本当に解っていたとしてもこの状況は拙いでしょう。
しかもやる事をやっている訳で
これで妻が生きていたら今頃修羅場と化しているだろう。
そして何故かそれを納得した娘のみつこの
最後のシーンもこれはどうなのかな?
いくら兄弟とは言っても
殆ど母親代わりをしなければならないわけだし、
それにその子は妻がなくなってから
わずか数ヶ月でできた子なだけに
これを平常心でいられるのが不思議すぎた。
現実的な心理状況を踏まえると
これを納得してくださいというのが
ある意味困難ではないか?
それ以外にも未成年の息子に○○○を進める親も
JRが全面禁止となった現状を踏まえても
教育的指導が必要だろう。
最後の最後は結局あれは不法投棄でしょう?
散骨に変えた方が明らかに良かった。
それにわざわざあの大きさをボートに
乗せるなんて完全に重さと
規格を考えていないでしょう。
とこれだけ矛盾だらけの事を徹底的に指摘したが、
ストーリーは解らないではなかっただけに、
こういう演出をもう少し手ほどきすれば
評価は私自身はかなり違った。
例えば○○○のシーンをジュースバカのみか
寿司食いまくりの方がまだマシだったし、
○○○を自転車で穴に落ちた
シーンに変えた方がまだ良かった。
最後もあんなでかい物じゃなく
キーホルダー程度ならまだまともだ。
出演者のイメージを悪くするだけの作品だっただけに
演出の配慮に大きく欠けた事だけは否めないだろう。

アルゼンチンババア
アルゼンチンババア