9日公開の映画「硫黄島からの手紙」を鑑賞した。

この映画は「父親たちの星条旗」の

日本側から描かれた作品で、

1945年2月に硫黄島を舞台にした

太平洋戦争の激戦を舞台にした映画である。

今回は日本側からみた硫黄島という事で

守る側の心理と難しさを描いていた。
戦争において1番難しいのは自国を守る事何だけれど、

絶対的な物量を相手にした時はいかに

策略を練って戦うかになる。

この時点で日本は既に敗戦へ向かって連敗、

連敗の状況下で限られた戦力で

守らなければならなかった。

しかし圧倒的な物量の前に守り切れる公算は殆どなく、

いかに持久戦に持ち込んで守り抜くかがカギだった。

キャスト

日本軍硫黄島守備隊の総指揮官を務める

陸軍中将栗林忠道中将演じる渡辺謙

かつては妻とふたりで小さなパン屋を営んでいた兵士。

妊娠中の妻を残して出征西郷演じる二宮和也

1932年ロサンゼルス・オリンピックの馬術競技

金メダリストとして歴史に名を刻む

人物バロン西演じる伊原剛志

硫黄島に配属された新入り。

元憲兵隊のエリート士官だった清水演じる加瀬亮

従来のやり方を変えていく栗林中将に反発する

厳格な軍人伊藤中尉演じる中村獅童

他のキャストでストーリーが進行する。

ストーリー

一日でも長く。

61年の時を超えて届く男たちの想い。

2006年、硫黄島。

地中から発見された数百通もの手紙。

それは、61年前、この島で戦った男たちが、

家族に宛てて書き残したものだった。

届くことのなかった手紙に、彼らは何を託したのか。

戦況が悪化の一途をたどる1944年6月、

ひとりの指揮官が硫黄島に降り立った。

陸軍中将、栗林忠道。

アメリカ留学の経験を持ち、

それゆえにアメリカとの戦いの厳しさを

誰よりも知り尽くしていた男。

本土防衛の最後の砦とも言うべき硫黄島の命運は、

この男に託された。

着任早々、長年の場当たり的な作戦を変更し、

部下に対する理不尽な体罰をも戒めた栗林に、

兵士たちは驚きの目を向ける。

今までのどの指揮官とも違う栗林との出会いは、

硫黄島での日々に絶望を感じていた西郷に、

新たな希望を抱かせる。

従来の常識にとらわれない栗林のやり方は、

古参の将校たちの反発も呼んだが、

一方で頼もしい理解者もいた。

そのひとりが、

ロサンゼルス・オリンピック馬術競技の金メダリスト、

「バロン西」こと西竹一中佐だった。

硫黄の臭気が立ち込める灼熱の島、

食べ物も飲み水も満足にない過酷な状況で、

栗林の指揮のもと、掘り進められる地下要塞。

島中に張りめぐらせたこのトンネルこそ、

米軍を迎え撃つ栗林の秘策だったのだ。

1945年2月19日、ついにアメリカ軍が上陸を開始する。

その圧倒的な兵力の前に5日で終わるだろうと

言われた硫黄島の戦いは、

36日間にもおよぶ歴史的な激戦となった。

死こそ名誉とされる戦争の真っ只中にあって、

栗林中将は兵士たちに「死ぬな」と命じた。

最後の最後まで生き延びて、本土にいる家族のために、

一日でも長くこの島を守り抜け、と。

栗林の奇策に反発し、軍人らしく

玉砕を貫こうとする伊藤中尉、

憲兵隊のエリートから一転、

過酷な戦地へと送り込まれた清水、

戦場にあってなお国際人であり続けたバロン西、

まだ見ぬ我が子を胸に抱くため、

どんなことをしても生きて帰ると妻に誓った西郷、

そして彼らを率いた栗林もまた、軍人である前に、

家族思いの夫であり、子煩悩な父であった。

61年ぶりに届く彼らからの手紙。

そのひとりひとりの素顔から、

硫黄島の心が明かされていく。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとして戦争は悲劇しか生まないのは

言うまでもないけれど、

それでも守らなければならない状況だった。

ただ硫黄島攻防戦での守りは元来の自殺行為の特攻、

回天などと違い戦力を消耗させるものではなく、

いかに最小限度に消耗を抑えながら戦うかを実践した。

これも優秀な指揮官であった栗林忠道中将が

従来の考え方を変えたからこそできた戦略であり、

旧来の軍人には受け入れ難かった戦略でもある。

こういう優秀な指揮官が日本にも

もっと多くいれば愚かなアメリカとの

戦争を回避できたのかもしれない。

そういう点では栗林忠道中将のような

指揮官を戦争で失った事は

それだけ国家損失と言えた。

攻める側は前回の「父親たちの星条旗」で

レビュー済みなので守る側からとしたら援軍も期待できず、

あれだけ物量の相手に対して守る手段を考えた時には

やはり強固な要塞を構築して戦う事が最善な策だろう。

確かにこの戦略だと守り一辺倒だが、

現状この戦場を放棄できなかった事を踏まえれば

この戦略しか持ちこたえる手段はなかった。

この戦略も実に見事で、

戦国時代で言えば武田信玄公が用いた

敵を陣地に誘き寄せて3方から攻撃して

徳川家康を破った戦術を応用したものだ。

硫黄島の地形上上陸した浜に対して

正面から左右から発砲すれば

上陸した兵と戦車は後退する事ができない。

初戦においてはこの戦略からスタートする訳だけれど、

ここから栗林忠道中将の苦悩が始まる。

まず指揮系統が機能しない。

これはやはり栗林忠道中将の考えを

飲み込めず自決を禁じたにも関わらず自決し、

守り抜いて戦う事を良しとしないで突撃して

戦死したりと指揮官の思うような

戦略が練れない中での戦いが続いた。

その中でも要塞を構築した事により

アメリカ軍も攻めあぐねていた。

結果的には5日で終わると思われた戦いが

36日間戦い抜いたわけだけれど、

予想を超える戦果といえる。

しかし本来ならこの様な事になる事

事態がある種の悲劇であり、

自らの命をかけて守らなければならなかった

栗林忠道中将と2万の兵士並びに7千近くの

アメリカ兵の命を失う結果となった事に

対して追悼の意を表します。

戦争の悲劇を繰り返さない為に、

そして守らなけれならない人の為には

最善の選択を考えられる世界になってほしいと願いたい。

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栗林忠道 硫黄島からの手紙


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